しとしとと雨が降る中、今日もリアは早く起きると、出勤前のイファにコーヒーを淹れていた。
それが最近のリアの日課になっていた。

ゆっくり、丁寧に。
豆が息をするように。

教えてもらったことを、ひとつ、ひとつ大切にして。



「いい香りだな」と言って起きてきたイファはまだ眠そうだった。
イファは、コーヒーの香り目一杯吸い込んで、全身に巡らせる。
雨の香りを紛らわすように。

そして、ひとくち。

「…どう、でしょうか?」

「うん。おいしい」

イファは、ふにゃっと笑う。

「…教えてもらった通りにやっているのですが。」

「まぁ、ちょっと苦い、な! けど、うまい」

「まだ、できません。」

「うまくなってるよ」

「……そう、でしょうか。」

「いつもありがとな、リア」

「……。」



朝食を済ませ、彼が仕事へ行くと、食卓に置かれている空のお皿を手に取り、台所へと運ぶ。
これも、リアの朝の決まりごとだった。

「いつもありがとうね、リア」

「……。」


──イファもマリナも、私にありがとう、と言う。


耳に馴染みはじめたその言葉は、どこかあたたかくて、柔らかい。
けれど今はまだ、指先ですくえない。
どう返せばいいのかも、どんな顔をすればいいのかもわからないまま、リアはただ、その音を胸の奥にそっとしまっていた。



袖を少しだけまくり、慣れた手つきで蛇口をひねった。
水が流れ出す。泡を立てて、お皿を一枚一枚、洗っていく。


そのとき。