ふわふわになったパンをまたこねて、整形して。
昼過ぎに焼き上がったパンは、こんがりと香ばしい匂いを部屋いっぱいに漂わせた。

テーブルの上に並んだ小さな丸いパン。
ただ、リアのパンだけ何故かあまり膨らまずに小さくなっていた。
ふわふわで美味しそうに焼き上がったパンたちに囲まれて。

リアのパンを触ったマリナは、「少しこねすぎちゃったかしら?」と少女のように笑う。

「うまく、できませんでした。」

ぽつり、とつぶやいたリアはパンを眺めた。
胸の奥がキュッとなるような、顔がほてるような、不思議な感覚だった。

マリナは「中はちゃんとふわふわしてるわよ」と、くすりと笑って、リアのパンをかじった。
イファもかぶりついて、「ちょっと硬いな!でも、これはこれでアリかも!」とケラケラ笑った。

リアは自分のパンを手に取って、そっと一口かじる。

ふわふわしている内側の生地に比べて、カリッと焦げた表面は、少しだけ、苦かった。
けれど、よく味わうとほんのり、甘い。

「……おいしい。」

自然とこぼれた言葉に、イファがニカっと笑顔を向ける。

「手作りってうまいよなぁ! リアのパンも、ちゃんとリアの味がするよ!」

そう言って、イファはおいしそうに頬張る。
笑って、何気ないように言ったその言葉が、なぜか、キュッとしていたリアの胸の内をほどいてくれた。



はじめて作ったパンは失敗した。
不揃いで。少し、焦げて。でも、どれもあたたかくておいしかった。

そして、マリナの声はやさしかった。
イファが隣で笑っていた。


ただ、それだけ。


その全部が、心の奥でパンのようにふんわりと膨らんでいく。

どこかくすぐったいような、あたたかくてやわらかい感覚。
それだけで、リアは十分だった。



その夜、リアはこっそり鏡の前で口角を少し上げてみた。
イファやマリナの笑顔を見て、自分にもできるのだろうかと思ったのだ。
けれど、鏡の中の自分は、マリナやイファのようにはできなかった。


──どうしたら、うまく笑えるの……?


ぽつりと出た言葉が、黒い闇の中に溶けてゆく。

それでも。
今日は、ほんの少しだけ、自分にも何かができたような気がしていた。