「……じゃあ、そのあいだに、コーヒーでも飲もうか」
イファが立ち上がって、キッチンの棚から瓶を取り出すと、豆の軽い音がした。
「リア、コーヒー淹れてみる?」
「……わたし、ですか?」
「うん。豆を挽いて、お湯を注ぐだけ。だけど、意外とむずかしいんだ」
リアは小さく頷き、イファの隣に立った。
豆をミルに入れ、ゴリゴリと音を立てて回す。香ばしい香りが部屋に広がる。
「……いい香りです。」
「でしょ? これが俺の元気の源だからな」
ゆっくりとポットからお湯を注ぐと、粉がふわりと膨らんでいく。その様子をリアはじっと見つめていた。
「蒸らしっていうんだ。豆が息してるみたいだろ?」
「……はい……。本当に、息をしているみたいです。」
カップに落ちたコーヒーは、湯気を立てながらテーブルに並べられた。
椅子に腰をかけて、静かにそれを口に運ぶ。
「……すこし、苦いです。」
「だな。でも、それがいいんだよ」
イファは笑いながら、自分のカップを両手で包んだ。
リアも真似して、そっとカップを両手で持つ。カップのあたたかさが、手のひらからじんわりと伝わる。
さっきのパンよりも、さらにあたたかい。
コーヒーの香りが、春の光と混ざっていく。ゆっくりと世界を包むように。
