風が、木々の間を通り抜ける音がした。
草の香りと、湿った土の匂い。
湛える空気は、冷たく澄んでいた。
朝露が葉をつたう。
鳥のさえずりが遠くで響く。
──少女が、倒れていた。
白い肌。冷えきった手。
乱れた銀色の髪が、枯葉の上に広がっている。
薄い服の胸元が、わずかに上下しているのを見て、イファは安堵の息をついた。
「……生きてる」
彼はそっとしゃがみこみ、少女の肩に手を伸ばした。
どこから来たのか、どうしてこんな森の奥に──
疑問は山ほどあったが、今はそれどころではない。
「……大丈夫?」
声をかけても、その少女は反応しない。
不安な気持ちは拭われることなく、微かに震える手で少女の体にそっと触れる。
こんなに冷たい──
彼は急いで上着を脱ぎ、少女にかけた。
もう一度声をかけようとして、ふと気づく。
彼女の胸元が、うっすらと光っていた。
青白く、やわらかな光。
それは脈動するように、静かに、規則的に明滅している。
何だ──
触れてはいけない。
そんな直感がイファの胸をよぎった。
光は恐ろしいほどに美しく、ほのかにあたたかかった。
規則的なそれは、彼の不安を掻き立てる。
まるで、自分に助けを求めているようだった。
再び声をかけても、少女は、まだ意識を取り戻さない。
イファは深く息を吸うと、そっとその体を抱えあげた。想像していたよりもずっと軽い。陶器のような白く、綺麗な肌には、ところどころに小さなあざや傷があった。
一体、なぜ──
小さな村へ戻る道は、ここからまだしばらくかかる。
「大丈夫。……俺が、守る」
そう言って、彼は歩き出した。自分と約束するように。
朝の陽の光が、彼女の銀色の髪を照らす。
自分と同じくらいの歳だろうか…。
風が、彼の背中を押すように通り過ぎてゆく。
それでも、少女のまぶたは、まだ閉じられたまま。
イファは、しっかりと前を見て歩いていた。
そして、この出会いが彼の運命を、世界の未来を変えることになる。
それはまだ、誰も知らない物語のはじまりだった。
