「さっき、一回も行ってない塾から電話きた、やばくね」
昨日、遅めの反抗期宣言をした森崎くんは、どうやらこの夏から公園の先にある学習塾に通うことになったようだった。そして彼は塾をサボって、ここにいる。
「『親御さんが心配していますよ』だとよ。心配じゃなくて、支配したいだけな。適当に話聞いて行く素振り見せて切った。ぜってー行かねえけど」
私の目に映る、森崎くんの人生は順風満帆そのものだった。そんな彼が、遅めの反抗期とやらを謳い、あまつさえ実行に移しているのが意外だった。
「ごめん、なんて言えばいいのかわかんないや」
そして、そんな森崎くんに対して遠慮も気遣いもなく、率直な返事ができている自分に驚いていた。
あの真夏の自販機前で再会した、不思議な繋がりのおかげだろうか。
森崎くんは、再びテーブルに片頬を張り付けるように突っ伏すと、大きな黒目だけで私を見上げて言った。
「じゃあ、お疲れさまって言って」
「お疲れさま」
「うん。ほんとに疲れた」
へらりと彼が笑う。力のない笑顔に、私は重ねて「お疲れさまです」と敬意を込めて伝えた。
(そうか。彼の遅めの反抗期は、特定の人物限定で発動するやつなんだ)
なんて、勝手に腑に落ちる。レジ前で考えていたことが、点と点で結びついた。
同時に私は、森崎くんという人間が、これ以上ないほどに気になっていた。
その関心は、彼が優等生として誰からも認められていた中学時代よりも、はるかに大きかった。
「ていうか、俺、ここに来てから海水浴のニュース10回くらい聞いてんだけど、さすがに脳みそ壊れそう」
そう言われてテレビへと視線を向ければ、まさしく海水浴のニュースをやっている。
「あのおじいちゃんずっと観てるし、音楽聴いて誤魔化そうにも電話のせいでスマホ使えねーし、海がなんだってんだよ、もうわかったっつーの」
辟易したように呻く森崎くんを憐れみつつも、彼の言いぐさが面白くて思わず笑ってしまう。
「森崎くんは海とか毎年行ってそうだね」
「いや全然。毎年行ってんのは兄貴の方。地元の友達と、このへんの海で初日の出見に行ってる」
「日の出ってこのへんでも見れるんだ」
「らしいよ」
「森崎くんは一緒に行ったりしないの?」
「行かねえなあ。そういうのあんま興味ねーし、俺、朝弱いし」
私にとって、初日の出といえば、お正月の番組で見るもので、日の出そのものは、理科の教科書でいくつもの太陽が描かれているうちの、東にあるものだ。
