そんな考えに呑まれていると、前のレジに立っていた矢野さんが、こちらを振り向いた。その目が、笑っている。大袈裟なほど弧を描いたその目に、私は内心でうんざりとした。
「ねえねえ、今の子、春日井ちゃんの彼氏?」
おそらくじっと聞き耳を立てていたであろうことがわかる口ぶりに、私は当たり障りなく答える。
「違いますよ。中学の同級生です」
「やだっ、良いじゃない。かっこいい子じゃない」
「⋯⋯」
男女の仲だとか、色恋だとか、すぐに結び付けられても困る。
そもそも、私は男の人という存在をよく知らないのだ。よく知らないくせに、昔からうっすらと嫌悪感がある。
森崎くんは、ただの元同級生で、それ以上でも以下でもない。ただ、それだけだ。
*
バイトが終わったあと、私はスーパーの建物に併設されているスペースに足を運んだ。
引き戸のそこは、建て付けが悪く、がたがたと揺れる。テーブルに突っ伏していた森崎くんは、その音に反応して顔を上げた。
「おーす。バイトおつかれ」
「うん」
もとはクリーニング屋が入っていたそこは、今では〈憩いの場〉と名を改めた休憩所となっている。昨今の異常気象と高齢者の多い地域だからこその空間だろう。
長テーブルが四つ無造作に並び、各テーブルに椅子が二脚ずつ。部屋の一番奥には冷房と扇風機が置かれ、その横にはテレビが並んでいた。
その日の利用者は森崎くんと、石田さんだけだった。
石田さんは、スーパーの常連客で、耳が遠い。そのため〈憩いの場〉のテレビを大音量で流し、スーパーで買った総菜をつまんでいる。
私は森崎くんのもとへ行き、彼の隣に座りながら尋ねた。
「寝てたの?」
「うん。スマホの電源切っててやることねーし」
先ほどのレジ前での会話から、夥しい着信量を安易に想像できた私は「そっか」と同情しながら頷いた。
