「すげえなって。春日井みたいなやつが一番強いんだろうなって、ずっと思ってた」


純粋に、真っ直ぐと、迷いなく、ぶつけられた尊敬の眼差し。

ずっと遠い存在だと思っていた相手に、予想もしていなかったことで向けられた敬意に、私は戸惑っていた。

それと同時に、なんとなく、森崎くんと再会してから、薄っすらと感じていた違和感に、合点がいった。

車の窓一枚が、その過去をどれだけ美化してしまっているのかを、私は知る。


「あの頃から俺にとって春日井はずっとすごいやつなんだよな」


森崎くんには、どこか私を神聖視している節が確かにあった。

再会した当初から心を開いてくれていたように見えた。

彼の人懐こさや人当たりの良さだと思うことで辻褄を合わせていたが、いまになってその正体を知る。

そしてそれが、全くのデタラメであり、勘違いだということ。


「⋯⋯わたしは、」

(森崎くんが思っているような人間なんかじゃない)


強くなどない。すごくなどない。

本当は、ただひたすらに、迎えに来てくれる人が誰ひとりいなかっただけだ。

友達に甘えることもできなかっただけだ。

ひとりで強がって、平気なふりをして、諦めて、しかたなく、しょうがなく、雨の中を帰っていただけ。


(単純に、それしか選択肢がなかった、だけ)


戸惑い、躊躇いを見せる私を、森崎くんは謙遜だと受け取ったらしかった。


「おい、黙るなよ。恥ずいだろ」


なんて言いながら、森崎くんは私のおでこを指先で軽く押す。

はにかむ顔はいつものように無邪気だけれど、恥ずい、と茶化すように飛ばした言葉が真実だということは、彼の赤くなった耳を見れば一目瞭然だった。

その姿を見てしまったら、喉の奥に何かが詰まってしまったかのように、私は何も言えなくなってしまった。

森崎くんは赤い耳をさらに染め、口角を緩やかに上げたまま言う。


「真面目な話、気が狂いそうになったあの日に会えたのが春日井で、すげえほっとしたっていうか、本当に⋯⋯嬉しかったんだ」


森崎くんの真っ直ぐと不器用だけれど、丁寧に紡がれた言葉が、嬉しかった。


「春日井、ありがとな」


きらきらと太陽のように輝く彼の目が、細まる。


(嗚呼、裏切りたくないな)


そんな思いが浮かび上がった。

言い訳だった。わかっていた。

真実を話さないことこそ、裏切りだとわかっていたのに。


「⋯⋯べつに、そんなことないよ」


私は、真実を話す最後のチャンスを、自ら手放してしまった。

幻滅されることを恐れて。

たいしたことない人間だと気づかれるのが怖くて。

私は、私に幻想を抱く森崎くんを、手放すのが怖かった。