それは、森崎くんじゃなくても考えの及ぶ当たり前のことかもしれない、とも思った。
ただ、私には全くもって当てはまらなかった。
昔から雨が大嫌いだった。
だから雨なんか降らなければそれでいいと思っていた。
他者を慮る気持ちなど正直なかった。
それが実に自分勝手で傲慢な考えだと、森崎くんの言葉ひとつで気づかされてしまう。
私はその気づきを打ち消すように、森崎くんへと唐突に問いを投げる。
「ねえ、森崎くん、石田穂波って覚えてる?」
森崎くんは私の内心など知る由もなく、記憶を辿るかのように目を眇めた。
少し考えたのち、彼は諦めたように答えた。
「名前は。顔はなんとなくしかわかんない」
「私が中学でいちばん仲良かった子なんだけど、その子、虹の出処が知りたいっていきなり自転車爆走させたことがあって」
「あほすぎる。たどり着けたの」
「ううん。先に虹が消えちゃった」
森崎くんが笑う。私も釣られて笑う。
いつの間にかこの心地の良い空間に、わずかでも抱いていたはずの気後れは、影も形もなく消え失せていた。
ふたりで昼食を終え、それぞれの勉強道具を取り出し、机の上に広げる。
私は最近、古典に取り組み始めている。国語は好きだけれど、漢文はてんでだめだったことを思いだしたのだ。
「ねえ、森崎くん、これって主語は我だよね? 述語がわかんないんだけど」
「漢文は無理に主語−述語で捉えない方がいいときもあるよ」
森崎くんは私がつまづいた部分を一緒に覗き込んで、丁寧に説明してくれる。
わからなかったところを私はすぐに口にする。それを、森崎くんが拾う。その、繰り返し。
《中継が繋がっています》
石田さんがチャンネルを替えたようだった。
テレビから聞こえてきた大音量の笑い声が、途端に消えて、ぼたぼたとくぐもった激しい雨音が聞こえる。
《こちらでは朝から叩きつけるような雨と雷が続いています》
現地の様子を映し出したテレビには、カッパ姿の現地記者が雨風に晒されながら必死に現状を説明している。
こういうのを見るたびに、わざわざここまでしなくてもいいのに、と思ってしまう。
森崎くんもテレビへと視線を向けていた。
真っ直ぐなその目は、テレビを見ているようで、どこか視点が合っていないようだった。
不思議に思って声をかけようとした。
その前に、森崎くんが先に「俺さあ」とまだどこか空を眺めるような視線のまま口を開いた。
「――土砂降りの雨見ると、たまに春日井思い出すんだよな」
「え?」
初めて言われる台詞に、私は困惑を隠しきれない。
