二つ目の街頭を通り過ぎたとき、黙り込んでいた森崎くんが「俺さ」と口火を切った。
「反抗期がえぐかった兄貴見てたこともあって、⋯⋯中学の頃は、反抗してる奴らを冷めた目で見てる側だったんだよね。だってどうせ大人には従うしかねーじゃんって、変に反抗した態度取って相手の機嫌損ねるほうが効率悪いだろって。少し考えればわかるのにって、馬鹿にしてた。おかげで家でも学校でも『手がかからなくて良い子』だって評価されて」
行き止まりを強行突破するように話し出した森崎くんの言葉が一度、詰まった。
私は自転車を押しながら、隣の彼を見る。
わずかに見える横顔は、下唇を内側に巻き込んで、長い睫毛が下に向いていた。
躊躇いと、葛藤と、自尊心とを、逡巡させたのちに、彼は夜の闇に痛みを吐き出した。
「⋯⋯だから、テスト前に必ずできる蕁麻疹も、いつまで経っても治らない口内炎も、頭痛も、夜寝れないのも、部屋に入った瞬間から無感情になるのも、しかたないことだって」
森崎くんが口にした事実を、私は何ひとつ知らなかった。知るはずがない。知ろうとするきっかけもない。
きっと、みんな、そうだったのだ。
「でも、なんとなく、あの日、春日井と自販機前で会った日、勝手に申し込まれた塾に向かう途中に、⋯⋯道でひっくり返って死んでる蝉、見つけて、」
星だって死んでしまう。当然の輝きに慣れきって、誰もそのことに気すら配らない。
「ずっと見てたら、⋯⋯なんか、急に、⋯⋯気が狂いそうになった。」
遅めの反抗期だと茶化すように笑った森崎くんの内側を、今ようやく垣間見た気がした。
あのとき、キャップを目深に被った彼は、もしかしたら日差しから逃れる他にも、狂いそうになる自分から逃げていたんじゃないだろうか。
「⋯⋯しょせん『良い子』なんて『大人にとって都合が良い子』なだけじゃんって。だって俺にとって俺は、全然良い子じゃない」
森崎くんは、最後に吐息を吐くように小さく笑った。
「それで、ぷつん。終わり。」
でも、その笑顔は今まで見てきた彼のどの笑顔よりも不格好で、笑い方も忘れてしまったかのようで、私は思わず奥歯を噛んだ。
「だからやっぱり、春日井が中学んときの俺とは話さなくてよかったと思う。だって、そうじゃなかったら、きっとあのとき再会しても、俺は救われてなかったと思うから」
それでも森崎くんは笑顔を作ろうとするのをやめなかった。
「でもやっぱり今の俺、ださいよな?」
公園の街頭に照らされた森崎くんは笑っていた。どこか諦めたように笑うくせに、まるで否定されることを怯えているかのようだった。
「⋯⋯」
こんなとき、私は彼になんて言えばいいのかちっともわからない。
誰かと話すと、失敗ばかりだ。
いっそ話さなければ進展もないけど、誤解もない。それでいいと思ってた。そのほうがいいとも思っていた。
ぐるぐると考える私の目が、森崎くんの目とぶつかった。
「うまく言えないけどっ」
でも、いまはそれじゃだめだってことだけはわかる。
