「ねえ、春日井さんのお友達、お顔大丈夫なの?」
お昼休憩のときに、バイトリーダーである瀬尾さんにそう訊ねられた私は、言葉に詰まる。
レスポンスが遅い私を置いて、井崎さんが瀬尾さんの方に訊ねる。
「お友だちって?」
「ほら今日、休憩前に春日井さんのレジに並んでた男の子」
「ああ、あの背の高い子?」
「やだあ、あたしてっきり春日井ちゃんのボーイフレンドかと思ってたわあ」
「彼氏になるのはこれからよねーっ」
「最近、毎日来るものねえ」
「しかも春日井さん、その子といつもあそこにいるんでしょう? 元クリーニング屋の休憩所」
「えーっ、そうなの、それもう付き合ってるじゃないの」
「今の子たちってほら、繊細で奥手だから」
本人そっちのけで好き勝手に盛り上がりを見せる言葉たち。
私はそのどれにも反応せず、口の中に冷たい白米を運んだ。
いつもはお米の味がするのに、今は柔らかな何かを噛んでいる、ということしかわからない。
「それより痣ってなんなの?」
「そうそう。痣よね、痣。昨日ね、帽子被ってて私はよく見えなかったんだけど、前島さんがあの子の顔に痣があったって言ってたのよ。瀬尾さんも今日、見たんでしょう?」
「見た見た。結構すごかったわよ。痛そうだったわ」
「やだあ、喧嘩?」
勝手に会話の風呂敷が広がっていく。
私は冷たいおにぎりをかじって、無言を貫く。
そのさなかに、瀬尾さんと目があって、まずい、と思った。
瀬尾さんが口を開く前に、もう店に出ていなければいけないはずの倉橋さんが言う。
「あの子って森崎さん家の次男じゃない? ほら、奥さんが結構派手な」
「あーっ、こんな田舎のスーパーにブランドの服で来ちゃう人ね」
「そうそう、あれ、私だったら逆に恥ずかしくて無理だわあ」
「ほんとよねえ。あたしのお友達が森崎さん家の長男の方と同級生だったみたいなんだけど――」
すでに話の本筋とは大きく逸れたところで盛り上がりを見せる会話の脇で、私はおにぎりを詰め込んでは、誰も自分も気に留めていないうちに、お手洗いへと逃げた。
