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高く昇っていた太陽が急速に傾き始める夕暮れ。私は急ぎ足で〈憩いの場〉へ向かっていた。
たどり着いた先で、森崎くんはテーブルに突っ伏したまま、そこにいた。
「もう帰っちゃってるかと思った」
私の言葉に、彼の身体は反応しなかったけれど、低く呟くような声だけは返ってきた。
「⋯⋯あんな家帰りたくねえよ」
長らく使われていなかったらしい彼の声帯は、いつもより掠れた声を出す。
「⋯⋯」
私は彼にかけるべき色んな言葉を考えてみたけれど、最終的にそのどれもが今の彼にかけるにはふさわしいとは思えなくて、結局はただ黙って、その隣の椅子に腰掛けた。
〈憩いの場〉の窓は下半分が磨りガラスになっている。歪みなく見えるその上半分の景色は、青と赤の境界線が曖昧になっていく世界だけだ。
テレビは消えていた。でも、石田さんは今日も来ていたのだろう。
彼の指定席になっている椅子が、テレビへ向いたままの形を残していた。
左右に揺れる扇風機が、極限まで顔を向けた先で、かち、という音を鳴らし、一時停止する音だけが静かな空間で繰り返される。
お互いに、黙っていた。
太陽が闇に追われていく様子を眺め続ける私と、テーブルに突っ伏して私に後頭部を晒すだけの森崎くん。
時間だけが過ぎていく。
それでも、きっと互いの心の内側には、沈黙の時間以上にさまざまな感情が寄せては返し、混沌としているのだ。
しばらく続いた沈黙を、先に破ったのは森崎くんのほうだった。
「⋯⋯自分語り、してもい?」
私は間髪入れずに「うん」と彼のつむじに答えた。
森崎くんは私に許可を取ってもなお、どこか躊躇っているようだった。
