「今日も暑いっすねー」
白いポロシャツに野球帽を被った石田さんは、こちらに向かって枯れ枝のような腕を上げて、挨拶に応える。
「いやあ、毎日毎日暑くてたまんねえや」
嗄れた声でそう言いながら、石田さんはいつもの席へ向かう途中で、私たちのもとへやってくる。
そうしてスーパーのビニール袋の中から3本入の串団子を取り出した。
「お前ら団子食えっか? 1本ずつ食え」
そう言うと石田さんは、微かに震える指でプラスチックの容器を無造作に開ける。
森崎くんは早々にお礼を言うと、一本をひょいと手にとった。ためらう私と目が合うと、彼は「ほれ早く好きなの取れ」と催促してくる。
「おれァ1本だけ食えればいいんだから」
「すみません、ありがとうございます」
「おう」
深い皺とシミのある顔が笑った。少年が被るような野球帽に、煙草の匂いがするポロシャツ。
足を引きずるようにして石田さんはいつもの席へと向かう。そして、テレビの前に置かれていたリモコンを勝手に手に取ると、一気に音量を上げた。
私は団子の串を持ったまま、隣の森崎くんへわずかに距離を詰める。
「いつ石田さんと仲良くなったの?」
私の問いは、うるさいほどのテレビの音に紛れる。森崎くんは私の問いに首を傾げながら「なんか気づいたら?」と答える。
「別にこれといった理由はないけど、なんとなく挨拶するようになって、毎朝4時に起きて海で犬の散歩してるんだとか、酒と煙草は長生きの秘訣だとか、整備屋やってる息子がデイサービス行けってうるさいからここに来て時間潰してるとか、なんかいろいろ」
「すごい知ってるじゃん」
私はちらと石田さんの方へ視線を向ける。彼は、私が高校1年でバイトを始める前からここのスーパーの常連さんだ。
でも、私は森崎くんと違って、石田さんのことを何ひとつ知らない。店員と客という間柄だからしかたないと言えばそれまでだけれど、それがなくても、森崎くんのようにはなれなかったような気がする。
「でも、石田さん俺の名前覚えてないよ。『おう、マヌケ』って言ってくる」
「マヌケ?」
「そう。俺、石田さんが飼ってる犬に似てるんだって」
「犬⋯⋯」
「そう、犬」
森崎くんのような存在を犬にたとえてしまえる石田さんが、なんだかすごい人に思えた。いや、年の功というべきなのだろうが、私にはそんなことできない。
石田さんは、私たちの会話が全く聞こえていないようで、スーパーのお寿司を食べながらテレビを観ている。
美味しそうに団子を食べる森崎くんに釣られて、私もひとつめの団子を串から引き抜いて食べる。勉強で疲れた脳に、優しい甘みが沁みる。
