「遅いとか今さらとかどうでもいいよ。春日井がまだやってみたいと思うか思わないかだけの話だろ」


とっくに諦めていたものを、眩しいほどの輝きで差し出される。

目が合うと、森崎くんは白い歯を見せてはにかんだ。


「それに、ひとりでやるより誰かとやった方が頑張れるじゃん?」


柔らかな声が優しくて、迷子だった気持ちに向かうべき場所を示してくれる。


「俺もひとりで勉強するより、春日井とやったほうが楽しいし」


あの頃のひとりぼっちだった私を、今の私は助けてあげられるんだろうか。

私は、家にある本棚の、いちばん下の段を思い出しながら、ぽつりと呟いた。


「……小学校の教科書、まだ家にあった気がする」


私の答えに、森崎くんの目尻のシワが深まった。それから、茶化すような笑顔を浮かべる。


「なんなら俺、テストまで残ってると思う」
「えっ、見たいっ」
「字汚えし、恥ずいからやだ」
「えー」


そうやって、ふたりで昔習った勉強を思い出していく。途中で動画を観たりしながら、森崎くんが説明を加えてくれる。


(早く勉強したいな)


勉強のことでわくわくするのは、人生で初めてのことだった。

私が躓いてしまった部分をなんとなく把握した頃、笑顔を浮かべる私の横で、森崎くんは少しだけ笑顔の色味を落とした顔で言った。


「……春日井からしたら、親に反抗するためだけに塾サボってる俺って″甘ちゃんクソ野郎″に見える感じ?」


言葉尻と共に自嘲の色が濃くなっていく。敢えて軽い調子にするために浮かべられた森崎くんの笑顔に、私は眉間にシワを寄せた。


「なにそれ、どういうこと?」


森崎くんの顔から途端に笑顔が消える。


「いや、そう思われてもしかたないかなって思ったから」


私は森崎くんがおすすめしてくれた動画をリストに保存しながら、思ったことをそのまま唇に乗せていく。


「私は森崎くんじゃないもん。森崎くんの悩みは森崎くんにしかわからないじゃん。他人が勝手に見下したりとか、そういうのは、変じゃん。森崎くんのこと甘ちゃんクソ野郎って言っていいのは、この世で森崎くんだけだよ」


私はちょっと怒りながら言った。何に怒っているかはわからなかったけれど、悔しい気持ちが混ざっているのは確かだった。

素直な気持ちを吐き出しながらも、森崎くんの目を見つめることはできなかった。


「……うん。ありがと」


そうやってリストを必死に追加していたせいで、そのとき森崎くんがどんな表情をしていたのか、私にはわからなかった。