「うち、お父さんいないの、生まれたときから」
生まれたときから母親とふたり暮らし。母は朝から晩まで休みなく働いているのに、うちの暮らしは常に厳しいというのは、子どもの私でもわかる。
ミニマリストのように、自ら取捨選択した暮らしなわけじゃない。うちは何もかもを、切り詰めた先の、消去法なだけ。
私の家が片親だとわかると、たいていの人は、『可哀想だね』『寂しいね』『大変だね』『でもいまどき片親なんて珍しくないから』なんて、慰めなのか、励ましなのか、同情なのか、そんな言葉たちを投げかけてくる。
「だからお金がないんだよね、シンプルに」
ラップにくるまれたおにぎりと水筒、百均の保冷バッグ。その隣に、スーパーの冷やし中華に辛子明太子のおにぎり、ペットボトルのお茶に、空になったシャーベットの容器。お洒落で綺麗なスニーカーと、履き古されたスニーカー。最新機種のスマホに、充電の減りが早い母親から譲り受けた格安スマホ。
なんてことのない景色に、確実な差が紛れている。
「……なんか、変な感じ」
「え?」
いきなり変なことを口走る私に、森崎くんが怪訝な顔をした。私は「あ、いや、」とうまく言葉を紡げないまま、笑う。
「変っていうか、自分でも不思議で、」
日常に紛れた明確な差に、意外とみんな気がつかない。他人を気にしているようで、その実、誰もが自分のことに必死なのだ。
私は、そうやってみんなから、周囲から、気づかれないまま、置いて行かれるだけ。
「家のこと、自分から話したの初めてだったから」
まるでずっと手の内に隠し持っていたものを、誰かに見せた時のようだった。
鬱屈とした、なかなか落ちない汚れのようにこびりついていたものは、いざ吐き出してみると、なんだかあっけないもののように思えた。百均のスポンジで落ちるかもしれないと思うほどに。
事実は変わらないのに、その輪郭を認識したら、無駄な感情がどれだけ乗っかっていたかを実感した。
妙にすっきりとした私とは違い、森崎くんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「ごめん」
そんな言葉が告げられる。
彼の顔を見て、私の晴れやかになっていた感情に冷たい風が流れこむ。
(ああ、そうだった)
