森崎くんが手にする炭酸飲料の、気泡がぷくぷくと上へと浮かんでは消えていく。

石田さん用に大音量に設定されたテレビの音に、掻き消されてしまいそうな声で、森崎くんは言った。


「早く大人になって、こんな何もない田舎から抜け出して、めんどくせーことから解放されて、そんで、自由になりたい」
「⋯⋯うん」


自由。

周囲の大人たちは、こぞって高校生は自由で良いと言う。

そんなの嘘だと思う。だって、現にいま、高校生である私は、こんなにも窮屈で不自由で、息苦しいのに。

辛く苦しいなら逃げればいいと大人たちは言うけれど、だからといって逃げる道も場所も方法も手段も、用意してくれるわけじゃない。

自分の足で遠くに行ける、そんな大人のほうがよっぽど自由で、図々しいほどに好き勝手に生きてるように見えてしまう。

だからといって、大人になりたいか、と言われたら私は悩んでしまうけれど。


「私も森崎くんの気持ち、ちょっと違うけど、ちょっとわかる気がする」


炭酸を喉に流し込んだ森崎くんは、口元を緩めて私を見つめた。


「ちょっと違うんだ? 何が違うの?」
「私は大人になりたいっていうよりも、隕石が落ちないかなーってずっと考えてるから」


私の言葉をなぞるように、森崎くんが「隕石」と呟いた。その顔は驚きに満ちている。

自分でもいつも突拍子もないことだと自覚しているけれど、他者の反応を見ると、その事実をさらに思い知る。

いつもはそこで普通からはみ出した自分を無理やり軌道修正して、もとに戻すけれど、私は森崎くん相手だと、不思議と脱線したままでいられるようだった。


「なんていうのかな、世界がひっくり返るような、映画みたいな、」


隕石を思うとき、私はいつも退屈さや、窮屈さを感じている。

苦手な数学の授業中だったり、面倒な客の対応をしているとき、友だちの話についていけないとき、ひとりで夕飯を食べながら、テレビ画面の向こうで豪華な食事が紹介されているとき。


「劇的な何か、を望んでる感じかな」


私はいつも、今すぐ世界が一変することを願っている。

別に隕石が落ちたあとのことなんて考えていない。だって、考えもつかないような出来事だから。ありえないとわかったうえで、そんなことを思っているだけなのだから。

森崎くんは私の話をじっと聞いていた。それから、少し思案するように目を伏せて、頬杖をつく。「春日井は、」とゆっくりとした口調で言いながら、再び私を見た。


「大人になりたいとは思わないの?」


純粋に投げられた質問を、私は受け取ってすぐに投げ返す。