過疎化の進んだ田舎の、熱中症警戒アラートが毎日流れる夏に、私は最低賃金の対価として、高校二年の夏休みを、スーパーのレジ打ちに費やしていた。
「春日井さん、お疲れさま。レジ代わるわね」
「お疲れ様です」
その日もシフト通り、午後のパートさんと入れ替わり、更衣室に引っ込む。
部屋には、私より先に上がった井崎さんが化粧直しをしていた。
ロッカー扉に備え付けの鏡越しに目が合って、「お疲れさまです」とお互いに言い合う。
この店のパートさんの多くは主婦だ。世間話というおしゃべりが得意な彼女たちと違い、私の言葉は、業務に必要な定型文がほとんどだ。
世間話は苦手だ。こんな田舎じゃ、すぐに広まってしまうから。
「春日井さんは夏休みにどこか行ったりしないの?」
だから、こういう不意打ちには、心底弱い。上手い言い訳も、達者な言い回しもできない。私は店のロゴが入ったエプロンを脱ぎながら、笑顔を取り繕って答えた。
「夏休みはバイトして稼ごうかなって思ってます」
ピンクの口紅を引き終えた井崎さんの目に、化粧気のない私が映る。
「しっかりしててえらいわねえ。私の息子も春日井さんを見習ってほしいわ」
彼女には元不登校の息子さんがいるらしい。これもいわゆるパートさんたちの世間話で、たびたび話題にされるネタだ。
「でも、学生のうちにしかできないこともいっぱいあるんだから、やりたいことがあるならやっておいたほうがいいわよ」
ロッカーを閉めようとしていた私の手が、止まった。だが、すぐに我に返る。
「ですね」
愛想笑いと口先だけで彼女に同調し、私はロッカーの扉をそっと閉めた。
