君の手を引いて

入学式からもうすぐ二週間。あれから大翔、本名蕪木大翔(かぶらぎひろと)は俺を見つける度に目を輝かせて大きく手を振り、隙あらば話しかけようと駆け寄ってきて、つまり中身は間違いなくあの頃の大翔だった。
見た目の華やかさもあるが、毎日のようにそわそわと俺の動向を探っているものだから俺のクラスでもすっかり有名人だ。

昼休みを告げるチャイムがなり、購買派や学食派は何を食べようかと教室から出ていく。
俺はガサガサと鞄から弁当一式を取り出した。

(りつ)、あの新入生どうしたの?すごい懐かれてるよな。実は海辺で助けた亀とか?」
「浦島太郎じゃねぇんだから・・・・・・小学校の頃、二年くらい近くに住んでたんだよ。俺の家、学区の外れの方だったから登下校とか面倒見てやってた。まぁ弟分ってとこだな」
「弟分~?律よりふた周りはデカイのに?」
「うるせー、当時は俺のがデカかったの!」

友人の笹倉はいつも通りポンポンと軽口を叩く。
――俺だって、ちっちゃい泣き虫のあいつがあんなデカくなるなんて思ってなかったんだよ!
本人は175cmくらいと言っていたがおそらく今まさに身長が伸びている最中でもっとあるんじゃないだろうか。上背だけでなく適度に筋肉もつき、かと言って暑苦しい感じもなく、男の俺から見ても羨ましくなる肉体だ。
あの頃「俺もりっちゃんと同じスイミングに行きたい!」と駄々をこねて始めた水泳を今も続けているらしい。
顔に水をつけるのもやっとだった大翔が中学では県大会まで行ったと言うのだから俺も驚いた。

「ほら、そろそろだろ」

笹倉がニヤニヤと教室の扉を見る。そうするとこいつの言った通りトタトタと軽快な足音が聞こえてきて、教室の前でピタッと止まる。同時に空いた扉の端っこからぴょこっと顔を覗かせる大翔が見えた。

「りっちゃん!」
「は、せ、が、わ、せ、ん、ぱ、い、と呼べっ!」
「え〜、じゃあ律先輩ならセーフとかある?」
「セーフセーフ、俺が許可する!ってかりっちゃんでいいでしょもう」
「笹倉ぁっ!」

笹倉は面白がって勝手に許可を出して、大翔はキラキラと「いいよね、いいよね?」の顔をしている。
くっ、俺ってやつは大翔のこの顔にちょっと弱いんだよな。今も昔も。

「律先輩、ご飯!」
「おう、いってらっしゃーい」
「笹倉お前・・・・・・勝手に許可出すな!」
「え!?律もしかして可愛い後輩のお願いを断る感じ?」
「・・・・・・そうじゃ、ねぇけど」
「はいはい、照れてるだけね。行ってらっしゃい」

これ以上笹倉に文句を言っても分が悪いなと判断し、弁当片手に大翔に引き渡された。
――そんな嬉しそうな顔されるとな、悪い気はしないんだけどな。
二人でテラスに向かう。歩き慣れた廊下のはずなのに、大翔がいるとなんだか暖かいような懐かしいような、不思議な気持ちになる。
決して犬の散歩の気分では……ないとは言えないな。大翔には言えないが。
席を確保し弁当を開け、大翔の中身があるんだか無いんだかよく解らない話に相槌を打ちながら弁当を食べる。この時間は悪くないなと思う。

「ねぇ、りっちゃんの話も聞かせてよ」
「え?俺の?別に変わったことはねぇけど」

話せるような面白いことは特にないなと考え込む俺を大翔が急かす。

「なんかあるでしょ?部活がこれでーとかこの先生気をつけろよーとか」
「うーん、俺委員会入ってるから部活やってないんだよな」
「何委員?」
「学園祭実行委員。去年クラス代表やったから流れで。今の時期はそんなにやること無いけどな」
「クラス代表になると俺もりっちゃんと一緒に準備できるってこと?」
「そんな不純な動機でやるな!」
「冗談だよ」

ニカッと笑うその顔をまじまじと見つめると、やっぱり大翔は大翔だなと思う。
そっと目が合うと、大翔が照れたように目を伏せた。
大きくなってもあの頃と同じ顔で笑う大翔がなんだか可愛く思えて、俺は思わず頬が緩んだ。

「なに笑ってんの」
「別に?お前変わらないなーと思って」
「えぇ・・・・・・たくましくかっこよくなったつもりなんだけど」

大翔は自分の肩や腕の筋肉を自分で確認しながら見せつけてきた。

「デカくは、なったな」
「かっこよくは?」
「・・・・・・ノーコメント」

文句ありげに頬を膨らませる大翔に思わず笑ってしまった。
どんなに大きくなってもお前は可愛い弟分だ、なんて言ったらもっと文句を言われるんだろうな。

「あーあ、俺はりっちゃんのカッコイイオトコになるには強くなれ!泣くな!めっちゃ食ってデカくなれ!って言葉を胸にここまで頑張ったのに」
「俺そんなこと言ったか?」
「言ったよ!俺3年生で転校してきたばっかの頃よく泣かされててりっちゃんが助けてくれてたじゃん」

そんなこともあったな、とぼんやり思い出してきた。
あの頃の俺はテレビで見る「強くて弱いやつを守るヒーロー」に憧れてたんだと思う。
それでもって小さくて泣いてばかりだった大翔に先輩風吹かせたくて言ったんだろうな、多分。
当時のことを思い出しながら空になった弁当箱に視線を落とした。

「りっちゃん大丈夫?足りなかった?俺なんか買ってこようか?」
「足りた足りた、ちょっと眠いなーって思っただけ」
「そう?俺お菓子持ってるよ!」
「ん、大丈夫。サンキューな」

暖かい日差しが眠気を誘ってくる。この後の授業が古文というのもまた更に眠気を加速させる。
グッと腕を上げ背筋を伸ばした。春の香りが全身に巡り心地良い。

「そろそろ戻るぞ、お前の教室B棟だろ」
「俺足速いから大丈夫!」
「走る前提で動くな。それに食ってすぐ走るとまた吐くぞ」
「ちょっと、またって、もう7年前の話でしょ!」

文句を言いながらも俺が立ち上がればきちんと付いてくる。
頬を少し赤らめてぶつぶつと文句を言いながらもしっかり隣をキープしているこいつがなんだか面白くて、やっぱり笑ってしまう。
笹倉や他のクラスメイトとはまた少し違う安心感みたいなものがあるな。実家の犬みたいな。いや俺の家犬飼って無いけど。

「俺にはさ、りっちゃんの言葉は特別なの。だから覚えてるの!」

口をとがらせながらそんなことを言われると、悪い気はしない。ここまで慕ってくれるこいつがなんだか可愛く見えて、頭をわしゃわしゃと撫でた。

「じゃあちゃんとこれからも俺の言うこと聞けよ!」
「うんっ!」

顔を真っ赤にして、息を弾ませ嬉しそうに返事をする大翔は、やっぱり犬みたいだ。