それから僕らは、拍手の中校舎に入り、手を繋いだまま二人連れ立って調理室へ向かうことにした。調理部の模擬店の準備の仕上げと、報告をしに。
「マジで入学してからずーっと、犬井は運命の人探しまくってたんで……いやー、ガチで感慨深いってこういうことなんすねぇ」
「調理部にいた! しかも部員になれた! って言ってた時の騒ぎようったらなかったよな」
「そうそう。でもそれなのに最近になって全然調理部行かないから、何かあったんじゃないかって心配してたんだからな」
校舎に入ってからもしばらくは犬井くんのクラスメイト達がそう声をかけてきて、なんだかすごく恥ずかしかった。でも、同じくらい嬉しくて、僕らは顔を見合わせて笑い合う。
まるで子どもを見守る親の様な目を向けられ、言葉をかけられ、犬井くんが本当にみんなから好かれているんだなと思うと、羨ましくもあり、誇らしくもある。
でも見守られていたという点で言えば、僕もあまり大差はないようだ。
「本当に見てる方はハラハラしたよねぇ。折角いい感じだったのにケンカなんかしちゃって」
「どうなるかと思ったけど、やっぱネコくんの料理がいい仕事してくれたわ」
「なんたって専属試食係だもんね。マジやられたわ」
調理部のみんなに報告をすると(とは言え、みんなはもうあの騒ぎをすでに知っていたんだけれど)、盛大に喜んでくれ、そして苦笑交じりにそんな小言をもらったのだ。僕も犬井くんも恥ずかしさで耳まで赤く染まりつつも、嬉しくて仕方ないので甘んじて受け止めていた。時々、顔を見合わせながら。
「俺らってそんなに見てられなかったんすかねぇ?」
最後の試食を終えて片付けていると、やたらと心配しただの、どうなるかと思っただの言われているせいか、犬井くんは少々不服そうな顔をしている。
でも一方で僕は、さっきの大衆の面前での大告白がいまさらに恥ずかしくなってきてしまい、「……知らないよ」と、素っ気なくしか返せない。だって、みんなの前でハグしたり好きと言ったりしちゃったんだから。
「ネコ先輩、怒ってます?」
「……怒ってない。でも、あの時よりこんなに大きくなってるなんて詐欺だ。気付くわけないじゃんか」
「あの後グッと伸びたんすよ。だから中学の制服つんつるてんだったんすから」
ただ無心になっているふりをして食器を洗おうと思ってるのに、ヘンなこと言うからつい笑ってしまう。しかもじっとこちらを見つめてくる熱い視線を感じるし。右頬に集中的に注がれるそれがくすぐったく甘く、口元が笑ったままの形から戻らない。
「……も、もう! そんなに見ないで……ンぅ」
あまりに見つめられて恥ずかしくて、勢いつけて振り返ったら、その口を唇で塞がれてしまった。
それがキスだと気付くのにずいぶんと時間がかかり、気付いたあとは体中の血が沸騰するかと思うほど赤くなっていく。
「な……ちょ、なに、して……」
キスされたことの慌てふためく僕に、犬井くんは人さし指を立てて口に宛がい、「シーッ」と微笑むと、もう一度僕に近づいて触れてくる。お祭り騒ぎ状態の雑踏の中で交わすキスは、さっき犬井くんが食べていた試食のナポリタンの味がした。
「ナポリタン味、する?」
「な……え、っと……う、うん……」
「これからもっと、いろんな味のキスしたいっすね、ネコ先輩」
悪戯っぽく笑いながら、犬井くんはまた僕にキスをする。僕はもう周りなんて、反応が怖くて見られなかったけれど、でも、もうどうでもいいくらい嬉しかったのも事実だ。
だって僕らは運命の人だから――そんな言葉をそのまま口伝いに伝え合うようにそっとまたキスを交わし、僕らは調理室の隅でプリンよりも甘く微笑み合っていた。
(終)
「マジで入学してからずーっと、犬井は運命の人探しまくってたんで……いやー、ガチで感慨深いってこういうことなんすねぇ」
「調理部にいた! しかも部員になれた! って言ってた時の騒ぎようったらなかったよな」
「そうそう。でもそれなのに最近になって全然調理部行かないから、何かあったんじゃないかって心配してたんだからな」
校舎に入ってからもしばらくは犬井くんのクラスメイト達がそう声をかけてきて、なんだかすごく恥ずかしかった。でも、同じくらい嬉しくて、僕らは顔を見合わせて笑い合う。
まるで子どもを見守る親の様な目を向けられ、言葉をかけられ、犬井くんが本当にみんなから好かれているんだなと思うと、羨ましくもあり、誇らしくもある。
でも見守られていたという点で言えば、僕もあまり大差はないようだ。
「本当に見てる方はハラハラしたよねぇ。折角いい感じだったのにケンカなんかしちゃって」
「どうなるかと思ったけど、やっぱネコくんの料理がいい仕事してくれたわ」
「なんたって専属試食係だもんね。マジやられたわ」
調理部のみんなに報告をすると(とは言え、みんなはもうあの騒ぎをすでに知っていたんだけれど)、盛大に喜んでくれ、そして苦笑交じりにそんな小言をもらったのだ。僕も犬井くんも恥ずかしさで耳まで赤く染まりつつも、嬉しくて仕方ないので甘んじて受け止めていた。時々、顔を見合わせながら。
「俺らってそんなに見てられなかったんすかねぇ?」
最後の試食を終えて片付けていると、やたらと心配しただの、どうなるかと思っただの言われているせいか、犬井くんは少々不服そうな顔をしている。
でも一方で僕は、さっきの大衆の面前での大告白がいまさらに恥ずかしくなってきてしまい、「……知らないよ」と、素っ気なくしか返せない。だって、みんなの前でハグしたり好きと言ったりしちゃったんだから。
「ネコ先輩、怒ってます?」
「……怒ってない。でも、あの時よりこんなに大きくなってるなんて詐欺だ。気付くわけないじゃんか」
「あの後グッと伸びたんすよ。だから中学の制服つんつるてんだったんすから」
ただ無心になっているふりをして食器を洗おうと思ってるのに、ヘンなこと言うからつい笑ってしまう。しかもじっとこちらを見つめてくる熱い視線を感じるし。右頬に集中的に注がれるそれがくすぐったく甘く、口元が笑ったままの形から戻らない。
「……も、もう! そんなに見ないで……ンぅ」
あまりに見つめられて恥ずかしくて、勢いつけて振り返ったら、その口を唇で塞がれてしまった。
それがキスだと気付くのにずいぶんと時間がかかり、気付いたあとは体中の血が沸騰するかと思うほど赤くなっていく。
「な……ちょ、なに、して……」
キスされたことの慌てふためく僕に、犬井くんは人さし指を立てて口に宛がい、「シーッ」と微笑むと、もう一度僕に近づいて触れてくる。お祭り騒ぎ状態の雑踏の中で交わすキスは、さっき犬井くんが食べていた試食のナポリタンの味がした。
「ナポリタン味、する?」
「な……え、っと……う、うん……」
「これからもっと、いろんな味のキスしたいっすね、ネコ先輩」
悪戯っぽく笑いながら、犬井くんはまた僕にキスをする。僕はもう周りなんて、反応が怖くて見られなかったけれど、でも、もうどうでもいいくらい嬉しかったのも事実だ。
だって僕らは運命の人だから――そんな言葉をそのまま口伝いに伝え合うようにそっとまたキスを交わし、僕らは調理室の隅でプリンよりも甘く微笑み合っていた。
(終)



