メニューも決まり、さっそく試作をすることになった。調理の手順の共有もあるし、味の確認もするためだ。いくつかあるメニューの内の今日はナポリタンを試作することになっている。
「麺をイチから茹でるのは時間もガスもかかるから、ソフト麺を。あと野菜は家で切って来たピーマンと玉ねぎで、味付けはケチャップが基本で……」
レシピはあらかじめグループチャットで共有しておいたけれど、細かいところはやっぱり口頭になる。とは言え、ナポリタンは割と初歩的なレシピなので、みんなサクサクと調理を進めていく。
慣れた手つきでみんなが炒めたり刻んだりしている中、まだ新入部員である犬井くんはグループに入れてないので手持ち無沙汰になってしまうと思い、僕は声をかけた。
「犬井くんもやってみる?」
「いいんすか? 俺あんまり……って言うか全然料理わかんないんすけど……」
「んー、じゃあ……僕の手伝いしてくれる? 材料とか道具取ってもらうとかなんだけど」
「いいんすか? やります!」
調理部でありながら料理が出来ない、という部員は全くいないわけじゃないけれど、それでもみんなある程度はできる。特に今は周りみんながナポリタンを試作している中、一人だけ何もできないのは、やはり何となく彼も気まずかったらしい。
ホッとしたのもあるのだろうけれど、僕に声をかけられ手伝いを提案されたのが嬉しかったらしく、またあの尻尾をぶんぶん振っている大型犬みたいになっている。後輩がいたことがないので、こうやってわかりやすく慕われるのは、運命の人どうのというのは関係なしに素直に嬉しい。
それに、「先輩、先輩」と言いながら僕のあとをついてくる姿なんて、大型犬というよりもひな鳥みたいで一層かわいく思えてしまう。そんなに僕のことが好きなの? なんて、考えただけで恥ずかしくなることを、うっかり聞いてしまいそうになるほどに。
でも、犬井くんはただ僕のあとをついて来て尻尾を振っているだけではなかった。
「えーっと、次はコンソメを……」
「これっすか?」
「ああ、うん、ありがとう」
「ネコ先輩、皿出しますか? 大きい奴がいいっすか?」
「うん、そうだね。場所は……」
「右の棚の真ん中ですよね? さっきみんなが出してるの見てました」
「じゃあ、お願い」
調理はほとんど僕がやって、犬井くんは傍で見ていただけなんだけれど、ただぼーっと見ているだけではなかった。僕がちょっと手を止めて材料を探せば、その探していた材料を取ってくれるし、手順をいつの間にか把握しているのか、先回りして用意もしてくれる。正直、かなり優秀な助手みたいになっている。
お陰でみんなよりだいぶ遅れて作ったのに、僕のナポリタンも同じくらいの時間に作り終えることができた。
「流石ネコ先輩、私らより遅く作り始めたのにもうできてる! しかも美味しそう!」
「犬井くんがすごく良く手伝ってくれたから」
「優秀な助手ポジ! 愛ですねぇ、ネコ先輩」
後輩の女の子たちがナポリタンの出来以上に、犬井くんの優秀さと愛情の大きさとやらに注目してはしゃいでいて、僕は何と言えばいいかわからず苦笑いする。なんでも愛でまとめないでよ、なんて言ったらブーイング来そうだから言わないけれど。
犬井くんが来てから、なんとなく女子部員たちが浮足立っている感じで、なんだか落ち着かない。彼女たちの感心が、僕と犬井くんの関係にあるというのもあるのかもしれないけれど。
「よ、よし、出来上がったから試食しようか。一番票が集まった班をナポリタン班にするよ」
話の流れを文化祭メニューの試作にかなり強引に戻し、さっそく試作をする。各班のナポリタンをひと口ほどずつ各自が色分けした小皿によそっていく。
大差はないかな……と思いながら僕も試食をしていると、「これ、うまッ」と、犬井くんが声を挙げた。
「どれも美味いんすけど、この白い皿のがダントツで美味いっす。……おかわりしてもいいっすか?」
そう言いながら犬井くんはいそいそとおかわりをよそおうとし、僕にお伺いを立てるように見つめてくる。その様子がまた目をウルウルさせる子犬のようで、うっかりキュンとしてしまう。どうしてこうも、犬井くんは僕の守ってあげたい感情を刺激してくるのか。彼の方がうんと背が高くて、王子様のようでもあるのに。
「そのお皿の美味しいよねぇ。どの班のだっけ?」
「ウチは黄色だし、あとはピンクと青で……」
「あ、白はネコ先輩だよ」
誰ともなくそう言った時、みんなの目が僕に注がれ、ついで犬井くんにも向けられる。そして瞬く間にみんなが嬉しそうに顔をほころばせた時、「やったぁ!」と、ひと際大きな声が聞こえた。それは犬井くんの声……と言うか雄たけびに近い声だった。
みんながポカンとする中、犬井くんは皿を調理台において僕に歩み寄り、手をぎゅっと握って来る。
「いままで食ったナポリタンの中で、一番でした。忖度なしで、ガチで!」
「え、あ、そ、そう……ありがと……」
「なんかソースが一味違うんすよね。ケチャップ味だけじゃないっつーか……なんだろ、出汁? 見たいなの入ってます?」
「あ、うん……コンソメと、ウスターソース……あと、めんつゆを少し……」
調理はほぼ僕だけがやって、犬井くんは傍で見ていたり指示したらモノを取ってくれたりしただけのはず。それなのに、僕が作ったナポリタンの隠し味を言い当ててきたのだ。
ナポリタンなんて、そんな味に大差はないはずと思っていたのに……彼ははっきりと僕の味を見つけ、そして美味しいと言ってくれたのだ。
「なるほどー、めんつゆ入ってたからいい味したんだなぁ。なんか、マジで喫茶店の味したっす。俺この味すっげー好きです!」
満面の笑みでそう言われ、僕の胸が弾けたように音を立てた。いつだったか――たぶん一年前の文化祭の時に見た、あの男の子を彷彿とする笑顔に、僕はあの時に感じた想いを思い出す。
「頑張ってこの高校入ります! 絶対会いに行くんで、待っててください! 一緒にクレープとか作りたいです!」
僕が僕の好きなことをしてていいんだと認められたような、あの中学生の言葉。あの時の彼とは結局まだ再会できていないけれど、あの彼と同じくらい嬉しいことを犬井くんが言ってくれたことが。不思議と嬉しかった。
ぶわわっと音を立てるように体中が熱くなって、耳の端まで赤くなっていくのを感じるのは、好きだなんて言われたからだろうか? だってこれは、ナポリタンの話なのに。
「あ、ありが、と……」
顔から湯気とか煙が出ているんじゃないかというほどに、恥ずかしいというか照れ臭くて仕方ない。みんなに気付かれなきゃいいと思いながら、僕はそっと三角巾を取るふりをして顔を隠す。
そんな僕の様子に、幸いみんなは気付いていないのか、犬井くんに高評価だったナポリタンに夢中だ。
「ホントだ! ネコ先輩のお店の味だ!」
「ナポリタン班にはネコくんメインになってもらおうよ」
「ネコくん、ホントに料理上手いよねぇ」
さすが部長だね! なんて言われ、曖昧に笑いながら犬井くんの方を見ると、ちゃっかりおかわりしたナポリタンを美味しそうに頬張ってニコニコしている。口元を真っ赤にして、大型犬というより大きな子どもみたいだ。だからつい苦笑して、僕はそっとハンカチを差し出す。
「口元、ケチャップだらけ」
「え、わ、すみません! あ、でも先輩のハンカチ汚しちゃいますよ?」
「いいよ、洗えばいいんだし」
「じゃあ、洗って返します」
そう言いながら犬井くんはそっと僕のハンカチで口元を拭い、少し照れたように笑って、「ッへへ、いい匂いだ」なんて呟く。なんでそんなにイヌっぽいことをするんだか。
それがなんだかすごくおかしくて、僕はもう堪え切れずに笑いだしてしまった。犬井くんも他のみんなもきょとんとしていたけれど、その内にみんな笑いだして、いい雰囲気の中一回目の試食会は終わった。
「麺をイチから茹でるのは時間もガスもかかるから、ソフト麺を。あと野菜は家で切って来たピーマンと玉ねぎで、味付けはケチャップが基本で……」
レシピはあらかじめグループチャットで共有しておいたけれど、細かいところはやっぱり口頭になる。とは言え、ナポリタンは割と初歩的なレシピなので、みんなサクサクと調理を進めていく。
慣れた手つきでみんなが炒めたり刻んだりしている中、まだ新入部員である犬井くんはグループに入れてないので手持ち無沙汰になってしまうと思い、僕は声をかけた。
「犬井くんもやってみる?」
「いいんすか? 俺あんまり……って言うか全然料理わかんないんすけど……」
「んー、じゃあ……僕の手伝いしてくれる? 材料とか道具取ってもらうとかなんだけど」
「いいんすか? やります!」
調理部でありながら料理が出来ない、という部員は全くいないわけじゃないけれど、それでもみんなある程度はできる。特に今は周りみんながナポリタンを試作している中、一人だけ何もできないのは、やはり何となく彼も気まずかったらしい。
ホッとしたのもあるのだろうけれど、僕に声をかけられ手伝いを提案されたのが嬉しかったらしく、またあの尻尾をぶんぶん振っている大型犬みたいになっている。後輩がいたことがないので、こうやってわかりやすく慕われるのは、運命の人どうのというのは関係なしに素直に嬉しい。
それに、「先輩、先輩」と言いながら僕のあとをついてくる姿なんて、大型犬というよりもひな鳥みたいで一層かわいく思えてしまう。そんなに僕のことが好きなの? なんて、考えただけで恥ずかしくなることを、うっかり聞いてしまいそうになるほどに。
でも、犬井くんはただ僕のあとをついて来て尻尾を振っているだけではなかった。
「えーっと、次はコンソメを……」
「これっすか?」
「ああ、うん、ありがとう」
「ネコ先輩、皿出しますか? 大きい奴がいいっすか?」
「うん、そうだね。場所は……」
「右の棚の真ん中ですよね? さっきみんなが出してるの見てました」
「じゃあ、お願い」
調理はほとんど僕がやって、犬井くんは傍で見ていただけなんだけれど、ただぼーっと見ているだけではなかった。僕がちょっと手を止めて材料を探せば、その探していた材料を取ってくれるし、手順をいつの間にか把握しているのか、先回りして用意もしてくれる。正直、かなり優秀な助手みたいになっている。
お陰でみんなよりだいぶ遅れて作ったのに、僕のナポリタンも同じくらいの時間に作り終えることができた。
「流石ネコ先輩、私らより遅く作り始めたのにもうできてる! しかも美味しそう!」
「犬井くんがすごく良く手伝ってくれたから」
「優秀な助手ポジ! 愛ですねぇ、ネコ先輩」
後輩の女の子たちがナポリタンの出来以上に、犬井くんの優秀さと愛情の大きさとやらに注目してはしゃいでいて、僕は何と言えばいいかわからず苦笑いする。なんでも愛でまとめないでよ、なんて言ったらブーイング来そうだから言わないけれど。
犬井くんが来てから、なんとなく女子部員たちが浮足立っている感じで、なんだか落ち着かない。彼女たちの感心が、僕と犬井くんの関係にあるというのもあるのかもしれないけれど。
「よ、よし、出来上がったから試食しようか。一番票が集まった班をナポリタン班にするよ」
話の流れを文化祭メニューの試作にかなり強引に戻し、さっそく試作をする。各班のナポリタンをひと口ほどずつ各自が色分けした小皿によそっていく。
大差はないかな……と思いながら僕も試食をしていると、「これ、うまッ」と、犬井くんが声を挙げた。
「どれも美味いんすけど、この白い皿のがダントツで美味いっす。……おかわりしてもいいっすか?」
そう言いながら犬井くんはいそいそとおかわりをよそおうとし、僕にお伺いを立てるように見つめてくる。その様子がまた目をウルウルさせる子犬のようで、うっかりキュンとしてしまう。どうしてこうも、犬井くんは僕の守ってあげたい感情を刺激してくるのか。彼の方がうんと背が高くて、王子様のようでもあるのに。
「そのお皿の美味しいよねぇ。どの班のだっけ?」
「ウチは黄色だし、あとはピンクと青で……」
「あ、白はネコ先輩だよ」
誰ともなくそう言った時、みんなの目が僕に注がれ、ついで犬井くんにも向けられる。そして瞬く間にみんなが嬉しそうに顔をほころばせた時、「やったぁ!」と、ひと際大きな声が聞こえた。それは犬井くんの声……と言うか雄たけびに近い声だった。
みんながポカンとする中、犬井くんは皿を調理台において僕に歩み寄り、手をぎゅっと握って来る。
「いままで食ったナポリタンの中で、一番でした。忖度なしで、ガチで!」
「え、あ、そ、そう……ありがと……」
「なんかソースが一味違うんすよね。ケチャップ味だけじゃないっつーか……なんだろ、出汁? 見たいなの入ってます?」
「あ、うん……コンソメと、ウスターソース……あと、めんつゆを少し……」
調理はほぼ僕だけがやって、犬井くんは傍で見ていたり指示したらモノを取ってくれたりしただけのはず。それなのに、僕が作ったナポリタンの隠し味を言い当ててきたのだ。
ナポリタンなんて、そんな味に大差はないはずと思っていたのに……彼ははっきりと僕の味を見つけ、そして美味しいと言ってくれたのだ。
「なるほどー、めんつゆ入ってたからいい味したんだなぁ。なんか、マジで喫茶店の味したっす。俺この味すっげー好きです!」
満面の笑みでそう言われ、僕の胸が弾けたように音を立てた。いつだったか――たぶん一年前の文化祭の時に見た、あの男の子を彷彿とする笑顔に、僕はあの時に感じた想いを思い出す。
「頑張ってこの高校入ります! 絶対会いに行くんで、待っててください! 一緒にクレープとか作りたいです!」
僕が僕の好きなことをしてていいんだと認められたような、あの中学生の言葉。あの時の彼とは結局まだ再会できていないけれど、あの彼と同じくらい嬉しいことを犬井くんが言ってくれたことが。不思議と嬉しかった。
ぶわわっと音を立てるように体中が熱くなって、耳の端まで赤くなっていくのを感じるのは、好きだなんて言われたからだろうか? だってこれは、ナポリタンの話なのに。
「あ、ありが、と……」
顔から湯気とか煙が出ているんじゃないかというほどに、恥ずかしいというか照れ臭くて仕方ない。みんなに気付かれなきゃいいと思いながら、僕はそっと三角巾を取るふりをして顔を隠す。
そんな僕の様子に、幸いみんなは気付いていないのか、犬井くんに高評価だったナポリタンに夢中だ。
「ホントだ! ネコ先輩のお店の味だ!」
「ナポリタン班にはネコくんメインになってもらおうよ」
「ネコくん、ホントに料理上手いよねぇ」
さすが部長だね! なんて言われ、曖昧に笑いながら犬井くんの方を見ると、ちゃっかりおかわりしたナポリタンを美味しそうに頬張ってニコニコしている。口元を真っ赤にして、大型犬というより大きな子どもみたいだ。だからつい苦笑して、僕はそっとハンカチを差し出す。
「口元、ケチャップだらけ」
「え、わ、すみません! あ、でも先輩のハンカチ汚しちゃいますよ?」
「いいよ、洗えばいいんだし」
「じゃあ、洗って返します」
そう言いながら犬井くんはそっと僕のハンカチで口元を拭い、少し照れたように笑って、「ッへへ、いい匂いだ」なんて呟く。なんでそんなにイヌっぽいことをするんだか。
それがなんだかすごくおかしくて、僕はもう堪え切れずに笑いだしてしまった。犬井くんも他のみんなもきょとんとしていたけれど、その内にみんな笑いだして、いい雰囲気の中一回目の試食会は終わった。



