「先におにぎりなどの主食を弁当に詰めて、冷ましている間に主菜の準備。今日はシャケの切り身を南蛮漬けにしたものを詰めます」
汁気はよく切ってね、と言いながら僕が手早くひと口大のおにぎりを三つ――紫蘇おにぎりご飯とごま塩ご飯、そして青のりご飯――にぎり、ささっと弁当箱に詰めていく。そうして次は卵焼きに取り掛かる。
「根子田先輩、副菜の味付けはどんなふうにしたらいいですか?」
「お弁当は冷めている物なので、味は濃い目がいいかも。それに、行楽弁当なら歩いて汗をかいて塩分が欲しいかもしれないからね」
手を動かしながら僕が説明すると、質問をしてきた後輩の女子は納得したようにうなずき、自分の作業に戻る。
いま僕らが作っているのは、行楽弁当。これは学校の家庭科などの授業の一環ではなくて、調理部という部活動に活動の一環でやっていることだ。
一週間に一度、大体が金曜日に調理を行うんだけれど、それまでの四日間は献立を決め、予算を決め、みんなで買い出しに行ったりしている。僕、根子田瑞季はその調理部で唯一の男子部員で、一応部長ということになっている。
「せんぱーい、卵が上手く巻けなーい」
「火が強すぎるのかも。弱めの強火でやってみて」
「根子田くん、胡麻和えの味付けってどうするんだっけ?」
「えーっとそれは練りゴマを……」
「あらあら、相変わらずみんな根子田くんに頼りきりねぇ。女子力負けてるんじゃない?」
調理中、ほとんどの部員が僕にヘルプを求めている姿に、顧問であり現場の監督も務めている水谷先生が苦笑している。あちらこちらの調理班から声を掛けられている僕の姿に、いつもそう言うのだ。
男子と言えば調理部なんかより、いま外のグランドで走り回っているようなサッカー部だったり、野球部だったり、文科系でも吹奏楽や軽音楽部の方が人気はあるから、僕が調理部を選んだことを不思議がる人もたまにいる。
「だーって、ネコ先輩マジで女子力つよつよなんだもん」
「見た目だってかなり負けてるよねぇ、色白で目がクリッとしててかわいい系でさぁ、しかも料理上手!」
「うちらも見習わなきゃって思うもん」
見た目は確かにそこら辺の男子より小さいし、細いし、どちらかというとかわいい系と言われる顔立ちだからか、調理部というと妙に納得されて、こっちが微妙な気持ちになる。だけどそれでも、入部はすんなりとはいかなかったのだ。
ウチの高校の調理部は、学校創立から三十年近くあって歴史がそこそこ古く、そのほとんど……いや、僕以外はほぼ女子しかいなかったらしい。だから、去年僕が入部したいと言った時にはちょっとした騒動になったらしいんだ。僕を入部させるか否かで部内で話し合いがあったほどに。
「でも根子田くんがこんなに料理上手だなんてねぇ。入部断らなくて正解だったわ」
「まあ、仕方ないですよ。いままでの男子部員が女子部員ナンパ目当てだったんですから」
「そーなのよねぇ。どうしても男子の入部希望って言われると目が厳しくなっちゃうのよ」
水谷先生やほかの女子部員曰く、以前にも男子の入部希望者はいなくはなかったらしいのだけれど、そのほとんどが、「僕は試食係で~」とか、「女子と仲良くなりたくて~」とか、かなり不純な動機だったらしい。そういう輩は、いまでも部員でなくとも調理している時に窓の外をうろうろしていることも多いのだけれど。
だから、僕が純粋に「料理をしたいんです!」と力説して入部届を提出した時はかなり驚かれたし、やはり半信半疑だったみたいだ。まあそういう経緯があるのなら、無理はないのかもしれないけれど。
いまこうしてみんなが慕ってくれるほどの信頼を得るまでは、正直かなり厳しい目を向けられていたんだろうといま考えれば思う。それはたぶん、活動の取り組みの真剣さとか、調理に対する本気度とか、そういうのを毎回試されていたんだろうな、といまならわかる。
お試し期間のように数か月の女子部員たちからの厳しい目をクリアして、いまとなっては「頼れるネコ先輩」のポジションを得たのだ。
そんな感じで十人とプラス水谷先生とでお喋りをしつつ手を動かしている内に、今日のお題である行楽弁当が出来上がった。
「良い感じー」
「先生、これ写真撮っていい?」
二班に分かれて一つずつ作成した行楽弁当の出来栄えはなかなかなもので、みんなが写真を撮ってSNSなどに投稿したくなる気持ちもわからなくはない。
調理の片付けもそこそこに早速撮影大会が始まり、みんなきゃっきゃっと弁当を撮影している。
「卵焼きが何気にハートになってるのかわいいー」
「それはね、真ん中に斜めに包丁を入れて、くるっとしてくっつけるとハートになるんだよ」
「ネコ先輩の女子力ヤバすぎ! 他にもかわいい盛り付けあります?」
女子部員が圧倒的に多い中での活動であるせいか、必然的に僕も盛り付けに映えとかかわいさを意識することが多い。加えてこれに調理への探求心もあるせいか、“映えてかわいい料理”のレシピが手元にどんどん増えていく。
こうして僕のアイディアで喜ばれるのは嬉しいし、すごくやりがいがある。でもそれは、どうしてもあるひと言の前には無力になってしまうんだ。
「根子田、ホント女子じゃないの惜しいよなぁ」
「そうそう。女子なら爆モテしそうなのに。俺嫁にしたい」
僕が女の子なら。一部の男子から、僕に向けて良く言われる言葉だ。料理好きの男の子を悪く言われたわけじゃないのはわかっているのに、それでも、「惜しい」とか「残念だ」とか言われてしまうと、僕が料理することを否定されている気がしてしまう。たとえ世の中に、男性の料理人が多くいたとしても、彼らと僕は、全く違うものとして扱われてしまうのだ。
(僕だって、料理を楽しんでもいいんじゃないの? べつに僕はすごい料理人になれるわけじゃないかもしれないけれど……)
特別になれないなら、料理をしちゃいけないんだろうか。そう何度聞きそうになったことか。
でも、聞いたところで聞かれた方は困ってしまうだろう。だって、べつに僕を否定するつもりなんてなかったんだろうから。プロの第一線で活躍する料理人の男性たちと、素人の僕は明らかに違うのは確かなことなんだし。
それでも、ただこうして調理部で料理することを楽しみたい気持ちさえも、フィルターがかけられてしまうのかなと思うと、なんだかやりきれない。
「……やっぱり、大人しく運動部とか他の部活に入った方がいいのかな……」
そんな、できもしないことを呟いて、モヤモヤとする思いを払拭するために僕は調理器具の片付けに取り掛かる。いくら厳しい目をクリアしても、僕はやはり異質なのかな、なんて思えてしまう。
「ほらみんな、根子田くんに任せきりにしないで。写真撮影はまたあとで。はい、片付けてー」
水谷先生の掛け声にみんなはようやくスマホをしまい、それぞれの調理台の片付けに入る。
このあとは反省会を兼ねた試食会で、そして来月頭に開かれる文化祭に向けての話し合いもする予定だ。
(とりあえずいまは、好きに料理できるならそれでいいって思っておかなきゃだよね……)
僕はボウルや菜箸を流しで洗い流しながら、次回の活動に作りたいものを考える方に神経を向けて気を晴らしていくのだった。
汁気はよく切ってね、と言いながら僕が手早くひと口大のおにぎりを三つ――紫蘇おにぎりご飯とごま塩ご飯、そして青のりご飯――にぎり、ささっと弁当箱に詰めていく。そうして次は卵焼きに取り掛かる。
「根子田先輩、副菜の味付けはどんなふうにしたらいいですか?」
「お弁当は冷めている物なので、味は濃い目がいいかも。それに、行楽弁当なら歩いて汗をかいて塩分が欲しいかもしれないからね」
手を動かしながら僕が説明すると、質問をしてきた後輩の女子は納得したようにうなずき、自分の作業に戻る。
いま僕らが作っているのは、行楽弁当。これは学校の家庭科などの授業の一環ではなくて、調理部という部活動に活動の一環でやっていることだ。
一週間に一度、大体が金曜日に調理を行うんだけれど、それまでの四日間は献立を決め、予算を決め、みんなで買い出しに行ったりしている。僕、根子田瑞季はその調理部で唯一の男子部員で、一応部長ということになっている。
「せんぱーい、卵が上手く巻けなーい」
「火が強すぎるのかも。弱めの強火でやってみて」
「根子田くん、胡麻和えの味付けってどうするんだっけ?」
「えーっとそれは練りゴマを……」
「あらあら、相変わらずみんな根子田くんに頼りきりねぇ。女子力負けてるんじゃない?」
調理中、ほとんどの部員が僕にヘルプを求めている姿に、顧問であり現場の監督も務めている水谷先生が苦笑している。あちらこちらの調理班から声を掛けられている僕の姿に、いつもそう言うのだ。
男子と言えば調理部なんかより、いま外のグランドで走り回っているようなサッカー部だったり、野球部だったり、文科系でも吹奏楽や軽音楽部の方が人気はあるから、僕が調理部を選んだことを不思議がる人もたまにいる。
「だーって、ネコ先輩マジで女子力つよつよなんだもん」
「見た目だってかなり負けてるよねぇ、色白で目がクリッとしててかわいい系でさぁ、しかも料理上手!」
「うちらも見習わなきゃって思うもん」
見た目は確かにそこら辺の男子より小さいし、細いし、どちらかというとかわいい系と言われる顔立ちだからか、調理部というと妙に納得されて、こっちが微妙な気持ちになる。だけどそれでも、入部はすんなりとはいかなかったのだ。
ウチの高校の調理部は、学校創立から三十年近くあって歴史がそこそこ古く、そのほとんど……いや、僕以外はほぼ女子しかいなかったらしい。だから、去年僕が入部したいと言った時にはちょっとした騒動になったらしいんだ。僕を入部させるか否かで部内で話し合いがあったほどに。
「でも根子田くんがこんなに料理上手だなんてねぇ。入部断らなくて正解だったわ」
「まあ、仕方ないですよ。いままでの男子部員が女子部員ナンパ目当てだったんですから」
「そーなのよねぇ。どうしても男子の入部希望って言われると目が厳しくなっちゃうのよ」
水谷先生やほかの女子部員曰く、以前にも男子の入部希望者はいなくはなかったらしいのだけれど、そのほとんどが、「僕は試食係で~」とか、「女子と仲良くなりたくて~」とか、かなり不純な動機だったらしい。そういう輩は、いまでも部員でなくとも調理している時に窓の外をうろうろしていることも多いのだけれど。
だから、僕が純粋に「料理をしたいんです!」と力説して入部届を提出した時はかなり驚かれたし、やはり半信半疑だったみたいだ。まあそういう経緯があるのなら、無理はないのかもしれないけれど。
いまこうしてみんなが慕ってくれるほどの信頼を得るまでは、正直かなり厳しい目を向けられていたんだろうといま考えれば思う。それはたぶん、活動の取り組みの真剣さとか、調理に対する本気度とか、そういうのを毎回試されていたんだろうな、といまならわかる。
お試し期間のように数か月の女子部員たちからの厳しい目をクリアして、いまとなっては「頼れるネコ先輩」のポジションを得たのだ。
そんな感じで十人とプラス水谷先生とでお喋りをしつつ手を動かしている内に、今日のお題である行楽弁当が出来上がった。
「良い感じー」
「先生、これ写真撮っていい?」
二班に分かれて一つずつ作成した行楽弁当の出来栄えはなかなかなもので、みんなが写真を撮ってSNSなどに投稿したくなる気持ちもわからなくはない。
調理の片付けもそこそこに早速撮影大会が始まり、みんなきゃっきゃっと弁当を撮影している。
「卵焼きが何気にハートになってるのかわいいー」
「それはね、真ん中に斜めに包丁を入れて、くるっとしてくっつけるとハートになるんだよ」
「ネコ先輩の女子力ヤバすぎ! 他にもかわいい盛り付けあります?」
女子部員が圧倒的に多い中での活動であるせいか、必然的に僕も盛り付けに映えとかかわいさを意識することが多い。加えてこれに調理への探求心もあるせいか、“映えてかわいい料理”のレシピが手元にどんどん増えていく。
こうして僕のアイディアで喜ばれるのは嬉しいし、すごくやりがいがある。でもそれは、どうしてもあるひと言の前には無力になってしまうんだ。
「根子田、ホント女子じゃないの惜しいよなぁ」
「そうそう。女子なら爆モテしそうなのに。俺嫁にしたい」
僕が女の子なら。一部の男子から、僕に向けて良く言われる言葉だ。料理好きの男の子を悪く言われたわけじゃないのはわかっているのに、それでも、「惜しい」とか「残念だ」とか言われてしまうと、僕が料理することを否定されている気がしてしまう。たとえ世の中に、男性の料理人が多くいたとしても、彼らと僕は、全く違うものとして扱われてしまうのだ。
(僕だって、料理を楽しんでもいいんじゃないの? べつに僕はすごい料理人になれるわけじゃないかもしれないけれど……)
特別になれないなら、料理をしちゃいけないんだろうか。そう何度聞きそうになったことか。
でも、聞いたところで聞かれた方は困ってしまうだろう。だって、べつに僕を否定するつもりなんてなかったんだろうから。プロの第一線で活躍する料理人の男性たちと、素人の僕は明らかに違うのは確かなことなんだし。
それでも、ただこうして調理部で料理することを楽しみたい気持ちさえも、フィルターがかけられてしまうのかなと思うと、なんだかやりきれない。
「……やっぱり、大人しく運動部とか他の部活に入った方がいいのかな……」
そんな、できもしないことを呟いて、モヤモヤとする思いを払拭するために僕は調理器具の片付けに取り掛かる。いくら厳しい目をクリアしても、僕はやはり異質なのかな、なんて思えてしまう。
「ほらみんな、根子田くんに任せきりにしないで。写真撮影はまたあとで。はい、片付けてー」
水谷先生の掛け声にみんなはようやくスマホをしまい、それぞれの調理台の片付けに入る。
このあとは反省会を兼ねた試食会で、そして来月頭に開かれる文化祭に向けての話し合いもする予定だ。
(とりあえずいまは、好きに料理できるならそれでいいって思っておかなきゃだよね……)
僕はボウルや菜箸を流しで洗い流しながら、次回の活動に作りたいものを考える方に神経を向けて気を晴らしていくのだった。



