教室を出ようとした城戸さんが、立ち止まって振り向いた。
「一番大事なことを言い忘れてた。次期キャプテンは、那月に任せようと思ってる。那月が追試をパスしないと、俺が困るんだよ」

「うわっ」
 城戸さんがいなくなった教室で、大志が無言で後ろから俺に抱き着いてきた。真上から硬い声が降ってくる。
「那月さん。勉強に集中できなかったのって、練習試合で元チームメイトと再会するからですか?」
 大志は、城戸さんと俺の会話を聞いていたらしい。
「はあ? 何言ってんだよ! ちげーよ!」
 大志の腕から逃れようとするが、意外にたくましい腕はびくともしない。
(そういえば、こいつも、ずっとスポーツやってたって言ってたか)
「じゃあ、なんで、勉強に集中できなかったんですか?」
 耳に熱い吐息を感じて、心拍数が跳ね上がる。わざと気を逸らそうとしても、もう無理だ。大志と密着していれば、嫌でも事故チューを思い出してしまう。
「那月さん。顔が赤いっすよ」
 大志が顔を近付けてくる。俺は体をひねって大志の腕から逃れた。
 壁際に避難するも、大志が追いかけてきたから逆効果となった。
「わーっ! こっち来んなよ!」
「『来んな』って、ひどいっすよ。那月さん、最近ちょっと変ですよ」
 壁際に追い詰められ、俺は膝から崩れ落ちた。
「那月さん。大丈夫っすか?」
 うつむいていても、大志が中腰になっているのがわかった。
「俺が変だとしたら、全部おまえのせいだよ」
 我知らず、非難する口調になる。
「俺がこうなったのも、赤点取ったのも、全部、おまえのせいなんだよ!」
 俺は大志の眼を正面から見据えた。
「あんなことがあったのに、なんでそんなに、平然としていられるんだよ!!」
 瞬間、大志が拳を振り上げた。頭の上ででかい音がして、俺の肩がびくっと跳ねる。
(言い過ぎたか?)
「平気じゃ、ないっす」
 大志の声はかすれて震えていた。泣きそうな顔と目が合い、心が震える。
「平気なわけ、ない」
 大志は脱力するように姿勢を低くしていく。俺の体に覆い被さってきて、俺はとっさに、大志の広い背中に腕を回した。
 大志の鼓動を感じる。ドクドクと脈打っている。