それから、俺は早瀬と以前のように過ごせるようになった。端から見れば大きな変化は感じられないだろう。今までどおりといえる早瀬との時間が戻ってきた。
「おはようございます」
登校しようと自宅の玄関を開けると、そこには毎朝早瀬の姿がある。
「おはよ」
挨拶を返すと、見慣れた早瀬の表情に、さっと赤みが差す。俺のほうはどうだろうと、耳まで熱くなったのを腕で擦りつつ並んで歩いた。
他愛もない話をしながら駅へと向かい、同じ電車に乗って学校への道を歩く。校門をくぐったあと周りを窺うと、何人もの生徒と目が合い、慌てたように逸らされる。早瀬とのことが噂になっていたのは事実だったらしく、いざ気にし始めるとなぜ今まで気づかなかったのか驚くほど注目を浴びていた。
「先輩、ここ跳ねてます」
早瀬はといえばまるで動じた様子もなく、以前と変わらず話しかけてくる。俺の髪をいじりながら顔を近づけてきても平気な顔だ。
「えっ? なに?」
「寝癖です。かわいい程度ですけど」
「うそ? ってか、もっと早く言えよ」
寝癖があったことだけじゃなく、早瀬の行動にもどぎまぎして俺はすぐに赤くなってしまう。
早瀬は噂などどこ吹く風で、授業が終わるたびに顔を出し、昼休みになれば迎えにやってくる。俺は周りの視線を気にしつつも早瀬とともに屋上やグラウンドの端へ行って弁当を食べる。
「今日の卵焼きはオクラ入りです」
今日は体育館裏の物置を背にしてステップに並んで座っていた。
「まじ? え、それ俺が昨日食べたいって言ったから?」
「当然です……って、ちゃんと咀嚼してから飲み込んでください」
早瀬からおかずをもらい、噎せてペットボトルを差し出されるのも、以前と変わりない。
「毎日もらってばっかだな、ほんとにごめん。前に言われたように水筒買いに行かないと」
「……もしだったらこれ、使いやすいんで、これでよければ」
早瀬はペットボトルの代わりに自分の水筒を渡してきた。少し前買い替えたばかりのやつで、見た目にはほぼ新品だ。
「え……おまえが買い直すことになるなら意味なくない?」
「二つ買ったんで……使ってみて不備がないなら先輩にあげようと思って」
「気が回り過ぎだろ……」
「当然です。遅すぎたくらいですが、先輩の飲みかけをいただく欲求には抗えませんでした」
「は?」
どういう意味なのかを考えてみたところ、答えが出る前に早瀬は俺の肩を抱き寄せ、キスをしてきた。
「な、な、な」
ちゅっと喰む程度に触れて離れたとはいえ、こんなところでいきなりなにをと動揺に青ざめた。
「もう間接にしなくてもできるんで」
それってつまり、これまでペットボトルを渡してきたのは親切心もさることながら、間接キスを狙った意味もあったってこと?
驚いている俺に早瀬はにやりと不敵な笑みを浮かべ、今度は俺の唇をぺろりと舐めた。
「ばっ、ばか……誰かに見られたらどうすんだよ」
「ご飯粒をつけている先輩が悪いんですよ」
抱き寄せたまま離れない早瀬は、呆れたように言ってまたキスをしてきた。
食事中で歯磨きもしていないというのに気にしない様子で、というか学校の敷地内で、それどころか外だというのに、早瀬はお構いなしだ。
「かわいい先輩が悪いんです。男もありなら、早く教えてくれたらよかったのに」
早瀬は全部俺のせいみたいに言って、赤くなった頬を隠そうとするように、肩に顔を埋めてきた。
早瀬は以前と相変わらず優しいし、気遣ってくれて、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
一見以前どおりに見える俺たちだけど、大きな変化があった。早瀬は隙あらば抱きしめてくるようになり、人目を憚らずキスをして、甘くもない言葉をかけてくるようになった。
以前と同じようでいて、違う。
モテるはずなのに、周りが敬遠していたのは早瀬がけん制していたからで、不釣り合いともいえる地味な俺といた理由は、そんな俺を早瀬が好きでいてくれたからだった。
「言えるかよ。おまえが俺のこと好きとか知らなかったんだから」
「それは、俺に背中ばっか見せてたからですよ」
もう見せないよ。見せる必要がない。最初からなかったのに、俺が鈍いせいで早瀬につらい思いをさせてしまっていた。
ようやく気づいたいま、少しくらいの責められても我慢してやろう。
いまはもう、早瀬のことしか目に入らないのだから。
「おはようございます」
登校しようと自宅の玄関を開けると、そこには毎朝早瀬の姿がある。
「おはよ」
挨拶を返すと、見慣れた早瀬の表情に、さっと赤みが差す。俺のほうはどうだろうと、耳まで熱くなったのを腕で擦りつつ並んで歩いた。
他愛もない話をしながら駅へと向かい、同じ電車に乗って学校への道を歩く。校門をくぐったあと周りを窺うと、何人もの生徒と目が合い、慌てたように逸らされる。早瀬とのことが噂になっていたのは事実だったらしく、いざ気にし始めるとなぜ今まで気づかなかったのか驚くほど注目を浴びていた。
「先輩、ここ跳ねてます」
早瀬はといえばまるで動じた様子もなく、以前と変わらず話しかけてくる。俺の髪をいじりながら顔を近づけてきても平気な顔だ。
「えっ? なに?」
「寝癖です。かわいい程度ですけど」
「うそ? ってか、もっと早く言えよ」
寝癖があったことだけじゃなく、早瀬の行動にもどぎまぎして俺はすぐに赤くなってしまう。
早瀬は噂などどこ吹く風で、授業が終わるたびに顔を出し、昼休みになれば迎えにやってくる。俺は周りの視線を気にしつつも早瀬とともに屋上やグラウンドの端へ行って弁当を食べる。
「今日の卵焼きはオクラ入りです」
今日は体育館裏の物置を背にしてステップに並んで座っていた。
「まじ? え、それ俺が昨日食べたいって言ったから?」
「当然です……って、ちゃんと咀嚼してから飲み込んでください」
早瀬からおかずをもらい、噎せてペットボトルを差し出されるのも、以前と変わりない。
「毎日もらってばっかだな、ほんとにごめん。前に言われたように水筒買いに行かないと」
「……もしだったらこれ、使いやすいんで、これでよければ」
早瀬はペットボトルの代わりに自分の水筒を渡してきた。少し前買い替えたばかりのやつで、見た目にはほぼ新品だ。
「え……おまえが買い直すことになるなら意味なくない?」
「二つ買ったんで……使ってみて不備がないなら先輩にあげようと思って」
「気が回り過ぎだろ……」
「当然です。遅すぎたくらいですが、先輩の飲みかけをいただく欲求には抗えませんでした」
「は?」
どういう意味なのかを考えてみたところ、答えが出る前に早瀬は俺の肩を抱き寄せ、キスをしてきた。
「な、な、な」
ちゅっと喰む程度に触れて離れたとはいえ、こんなところでいきなりなにをと動揺に青ざめた。
「もう間接にしなくてもできるんで」
それってつまり、これまでペットボトルを渡してきたのは親切心もさることながら、間接キスを狙った意味もあったってこと?
驚いている俺に早瀬はにやりと不敵な笑みを浮かべ、今度は俺の唇をぺろりと舐めた。
「ばっ、ばか……誰かに見られたらどうすんだよ」
「ご飯粒をつけている先輩が悪いんですよ」
抱き寄せたまま離れない早瀬は、呆れたように言ってまたキスをしてきた。
食事中で歯磨きもしていないというのに気にしない様子で、というか学校の敷地内で、それどころか外だというのに、早瀬はお構いなしだ。
「かわいい先輩が悪いんです。男もありなら、早く教えてくれたらよかったのに」
早瀬は全部俺のせいみたいに言って、赤くなった頬を隠そうとするように、肩に顔を埋めてきた。
早瀬は以前と相変わらず優しいし、気遣ってくれて、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
一見以前どおりに見える俺たちだけど、大きな変化があった。早瀬は隙あらば抱きしめてくるようになり、人目を憚らずキスをして、甘くもない言葉をかけてくるようになった。
以前と同じようでいて、違う。
モテるはずなのに、周りが敬遠していたのは早瀬がけん制していたからで、不釣り合いともいえる地味な俺といた理由は、そんな俺を早瀬が好きでいてくれたからだった。
「言えるかよ。おまえが俺のこと好きとか知らなかったんだから」
「それは、俺に背中ばっか見せてたからですよ」
もう見せないよ。見せる必要がない。最初からなかったのに、俺が鈍いせいで早瀬につらい思いをさせてしまっていた。
ようやく気づいたいま、少しくらいの責められても我慢してやろう。
いまはもう、早瀬のことしか目に入らないのだから。



