日の長さが短くなってきたせいか、駅で電車を待っていたところあたりが薄暗くなってきた。
 下校する生徒の数は少ない。帰宅ラッシュともかち合わず、ホームはがらんとしている。
 入学してからの一年は、青柳先輩と下校することもあった。それなのに、思い出すのは早瀬との時間ばかりだ。
 このホームでなんでもないことを喋って、早瀬の家へ行ってバイトをするかゲームをして、休みの日になれば電車で街に繰り出したりカラオケへ行ったり、いつも横には早瀬がいた。
 いないから、胸に穴が空いたみたいに寂しい。
 避けられてもぼっちになることはなかったし、孤独ではなかったのに、寂しくてたまらない。
 
 早瀬に会いたい。前みたいに戻れなくても、とにかく会って想いを伝えたい。
 早く早くと待っていたところ、徐行のために金属音を響かせながら電車がホームへ到着した。ぷしゅっと音を立ててドアが開き、いざと足を踏み出した。

「死にますよ? 成海先輩」

 はずが、突然頭上から聞こえてきた声に抱きしめられ、踏み出した足は空を切ってしまった。 
 唖然としていたらドアは目の前で閉まってしまい、たたんたたんとリズミカルな音を立てながら走り去って行った。
 早瀬のもとにまで運んでくれるはずの電車だ。あれに乗らなければ会えないはずだった。

「なんでここに……」
 
 なのに、早瀬はなぜかここにいて、後ろから俺を抱きしめている。

「俺が先輩のそばにいるのは当然です」

 ぎゅっと抱きしめる腕の力が増して、俺の身体は熱が出たみたいに熱くなった。
 なんでこんなことを。考えながら顔をあげると、電車が去ったばかりだからか人の姿はなく、安堵することにホームは早瀬と二人きりだった。

「当然って……何言ってんだよ」

 だとしても、いつ人が来るかもわからない。俺は無理やり早瀬の腕から逃れて距離を取った。

「いつもそばにいましたよ。登校するときも、昼休みも、下校のときも、移動教室のときも、先輩の近くにいました」
「な……は? ……俺は見てない……嘘つくなよ」
「いましたよ。気づかないのは先輩のせいです。俺に背中ばっか見せてる先輩が悪いんですよ」
「は? 俺がなに?」
「先輩が俺のこと見ないから、だから危なくないのに助けるふりをして、支えたり抱きとめたりしなきゃいけないんです。しないと、先輩は俺の存在に気づいてくれない。先輩が悪いんです」

 めちゃくちゃに責められている。俺の何が悪いというのか。
 考えて、まるでホームへ足を踏み出すのを防いだみたいに抱きしめられたことを思い出した。
 なんの危険もないのに、助けたみたいな口調で支えられた。
 階段のうえから転落しそうになったときみたいだった。バイト中にポップを貼り直していたときも、転げそうになった俺を支えてくれた。あれらのときと似た状況だったが、さっきのはまったく危険じゃなかった。
 ていうか、これまでのも本当は危なくなかった? あれ?

「俺のこと、気づいてくれました?」
「へ?」
「ずっと他の誰かのことばかり見て、俺のことなんて考えようともしなかった。でも、今は俺のことを考えてくれてますよね?」

 考えるどころか、早瀬のことしか頭にない。でもそれは寝耳に水の告白をされて、ぱったり会えなくなったせいだ。前みたいに戻りたくてできず、思い悩んでいたからだ。
 だから、俺は意を決して早瀬に会い、まとまらなくても想いを訴えようとした。
 
「人が来ます」

 早瀬は俺の後方へと視線を移し、はっと振り向いた俺の手をいきなり掴んできた。驚く間もなく手を引っ張られ、ホームの端へと歩かされる。
 大きな柱が見えてきて影となる側へと回り込み、早瀬は俺の背中が柱につくように腕を引いて追い詰めた。

「先輩、俺のこと考えてくれてますか?」
 
 早瀬は両手を柱に突っ張らせ、覗き込んできた。壁ドンというやつだ。行く手を塞ぐようにされ、どうにも逃げ出せない。

「考えるだろ……いきなり会わなくなったし」

 逃げ出したいわけじゃない。早瀬に会いたくて、会って話すつもりで家へ行こうとしていたのだから。
 
「会わなくなって、どう思いました? 清々したとか、寂しかったとか」

 だけど、この状況は恥ずかしい。覗き込み、至近距離で見つめてくる早瀬の目を受け止めることができない。

「いきなり避けられたら、そりゃ……寂しいだろ、普通……」

 できないくらい、心臓がばくばくと早鐘を打っている。
 避けずに話してくれて嬉しいけど、だからってなんでこんな状況にするんだよ。
 
「寂しいってことは、俺が必要ってことですよね?」
「必要に決まってるだろ……おまえがいないとつまんないし」
「でも、青柳先輩がいるなら平気なんじゃないですか?」
「青柳先輩? なんで今先輩がでてくるんだ?」
「片思いしていたじゃないですか」

 そのとおり、事実だ。
 俺を好きと言ってくれた早瀬にとって青柳先輩の存在は無視できない。当然ともいえることなのに、俺は関係があるとは思えなくて、青柳先輩のこと自体、指摘されるまで頭から抜けていた。
 
「浅木先輩と別れたことで、青柳先輩とまた前みたいに一緒にいれますよね?」

 かもしれないけど、だからって以前のように誘うつもりはない。今日みたいに暇なタイミングで声をかけられても、乗り気にはならない気がした。
 考えるために視線を彷徨わせ、答えが出たことで早瀬を見上げた。
 すると早瀬は泣きそうな顔で俺を見つめていて、俺は目が合った瞬間に発火したみたいに身体が熱くなった。

「……俺、おまえのこと好きみたい」

 ぽろっと口から出た。たったいま気がついたそれを、早瀬の不安を吹き飛ばせる気がして考えもなく言ってしまった。

「いきなりごめん……」
 
 唐突だったからか、早瀬は信じられないといった顔で固まっている。

「でも、言いたくて……青柳先輩のは恋じゃなかった。俺の初恋は、多分おまえだと思う」

 恥ずかしくて死にそうだが、言わなければならない気がした。泣きそうな早瀬を見て、誤解させてはいけないと思った。
 すると早瀬はくしゃっと泣き笑いの顔になり、感激した様子で抱きしめてきた。

「ちょっ……早瀬」

 こんなところで、いきなりなにをと焦る。

「俺もです。好きです。成海先輩」

 頭上から涙まじりに想いを告げられ、どれほど考えても信じられなかったことが、いま実感を伴って胸に刺さった。
 早瀬が俺のことを好き。
 直撃したら、じわっともらい泣きしそうになった。

「俺も、早瀬のこと好きだよ」

 本心からの言葉を言って、早瀬の背中に腕を回した。
 早瀬に対する想いは青柳先輩に対する気持ちと全然違っていた。青柳先輩のほうは恋心で、早瀬に対しては友情だと思っていた。だけど違った。逆だった。
 青柳先輩とはこんなふうに抱き合ったり、好きと告げたいなんて思わなかった。早瀬とは違う。間接キスにどきどきしたり、支えてもらうという理由でも触れたかった。
 青柳先輩に対する想いは憧れで、早瀬に対するほうが恋だった。
 だから、ぼっちでもないのに寂しかった。早瀬のいない日々は、ただそれだけでもつらいことだった。
 そばにいて欲しい。これまでのように、これからも。