青柳先輩とはファミレスの前で別れて、俺は早瀬と一緒に自宅への道を歩いた。

「先輩、アイス食いたくないですか?」

 コンビニが見えてきたとき、早瀬が気をそそる提案をしてきた。
 食後にデザートを食べる気満々だったのに、青柳先輩の誘いをことごとく断って気まずい空気になったせいで、すぐに店を出ることにしたのだ。
 もやもやとした気分を晴らしたくもあって、俺は一も二もなく話に乗った。

「えー、見たことないのが色々あるな。どれにしよう?」
 
 コンビニは早瀬のところとは別のチェーン店だった。アイスのレパートリーも見たことのないものが多くある。
 カップだと食べにくいし、モナカにしようか。ソフトクリームもいいけど値が張るしなあ。
 珍しさから目移りして、どれどれと手に取りながら選んでいく。

「ご馳走になったんで、アイスは俺が驕ります」

 薄くなった財布を片手に考えていたところ嬉しい申し出をされ、ならばとソフトクリームをお願いすることにした。

「ありがとう! これ食べてみたかったんだ」

 店を出て早瀬に向かって大げさに頭を下げ、さっそく包装を開けた。

「ここのオリジナルのやつですね」

 早瀬はクレープアイスにしたらしく、紙製の包装をべりべりとやりながら興味津々に覗き込んできた。
 チェーン店のオリジナル商品を選んだため、早瀬も食べたことがないのかもしれない。

「食べてみる?」

 味見してみたいかな?と差し出すと、早瀬は驚いた様子で硬直した。街灯しかない夜道ではっきりとは見えないが、なにやら赤くなっているように見える。
 変なこと言ってないよな? 男同士なんだし、なによりも長い付き合いの友人なんだから。
 いつもの早瀬からは考えられない反応に困惑し、もしかしたら潔癖で不快な申し出だったのかもと青ざめる。

「……いただきます」

 差し出した手を引っ込めようとしたら、アイスを持っていた手を掴まれ、早瀬はぱくりと一口食べた。

「わるくはないですね」

 早瀬はそっぽを向いて言い、クレープのほうへ意識を戻した。
 いつもの早瀬に戻った感じでほっとし、包装を破る様子を横目で見ながらソフトクリームを口に含んだ。
 どうやら潔癖症かもというのは杞憂だったらしい。だとして、あの反応はなんだったのか。
 これが男女とかだったら間接キスがどうのと焦るのかもしれないけど、早瀬は俺が同性に片思いをしていることは知らないはずだし、俺も早瀬に対してそういった意味での意識はしていない。
 仲間うちで一口もらい合うなんて普通のことだ。

「もらったんで、先輩もどうぞ」

 悩みつつどきどきとしていた俺のほうへ、早瀬がクレープアイスを差し出してきた。
 え……と迷いつつも、ここはおあいこにしたほうが自然だろうと、一口いただいた。

「ありがと。……美味いな」

 味なんてしなかった。
 なぜかはわからないけど、青柳先輩から誘われたとき以上に動揺している。
 おそらく早瀬が柄にもなく赤くなったせいだ。
 鼓動を速めている胸を気付かれまいとして、黙々とアイスを食べながら早瀬と並んで歩いた。

「日曜のこと、すみませんでした」

 すぐそこの交差点で別れるというところで、早瀬がぽつりと言った。

「日曜?」

 なんのことだろうと訝しみ、もしやと思いついて足を止めた。

「もしかして俺、バイトじゃなかった?」

 聞くと早瀬も足をとめ、申し訳なさそうにうつむきながら「はい」とつぶやいた。
 やっぱり。さも当然のように早瀬が言ったのでまずは自分の記憶違いを疑ったのだが、おかしいと思っていた。
 明後日の予定を忘れるなんてさすがにやばすぎる。

「すみません……」
「なんでそんな嘘つくんだよ」

 珍しい。というか初めてなんじゃないか。
 早瀬が意味もなく嘘をついたことなんて、思い出す限りは一度もない。
 確かにあのとき上手い断り文句が思いつかなくて、バイトがあると言われてほっとしていた。
 青柳先輩が浅木と別れて俺を誘ってくれて、片思いをしているのだから嬉しく感じるはずなのに、バイトで八時間拘束されるほうが楽だなんて考えていた。
 ただ、早瀬はそんな俺の内心を知るはずはなく、嘘をつく必要なんてまるで思い当たらない。
 
「青柳先輩と遊んで欲しくなかったんで……」
「は? なんで?」
「最初は浅木先輩のことが好きなんだと思ってたんですけど、今日の先輩の様子を見て、もしかしたら青柳先輩のほうかもって……違いますか?」

 ガツンと殴られたみたいな衝撃を受けて、俺は目をしろくろさせた。

「なに言ってんだよ。俺が浅木や青柳先輩? ……あり得ないって」

 とっさに冗談だろうというように笑って返した。
 しかし、早瀬にはまったく効かず、顔つきは深刻なままだ。

「すみません。浅木先輩か青柳先輩のどちらかに気持ちがあるのはわかってます。さすがに……」
 
 冗談にもならない。早瀬は確信している様子だ。つまり、恥ずかしくも早瀬に俺の片思いはバレていたらしい。
 いや、考えてみれば勘の鋭い早瀬が気づかないはずはない。俺が青柳先輩を避け始めたのは浅木と付き合い始めてからだ。いくら恋人ができて遊ぶ時間が減ったからといっても、俺の避けっぷりはあからさますぎるほどだった。早瀬が理由を考えるのも無理はない。
 早瀬はそこで、普通は異性を好きになるはずだからと相手を浅木と思い込み、好きな相手の彼氏とは付き合いづらくなったものと考えたらしい。
 そして今日、早瀬は自分の考えが間違っていたことを知った。相手は青柳先輩のほうで、俺が男でありながら男に恋をしていた事実に気がついたのだ。

「……だったらなんだって言うんだよ。縁を切りたいっていうのか?」

 気がついて、早瀬は不快なあまり指摘してきたのだろうか。
 もしかして、さっきアイスを差し出したときに見せた反応は、恥ずかしさからではなく嫌悪感があったせいなのかもしれない。
 
「じゃあ、本当に先輩は男が恋愛対象なんですか?」

 さすがは早瀬だ。直球でぐさりと胸を刺してくる。

「そうだよ……だからってキモいとかは言わないでくれよ。バイトで一緒になりたくないとかも、言われなくても辞めるから……」

 へこむ。めちゃくちゃにショックだ。
 なんだろう。
 同じバイトだし、早瀬とばかりつるんでるからか、青柳先輩が浅木と付き合い出したときよりショックを受けている。
 青柳先輩のときは最初から叶うはずのない恋だったし、早瀬がいたから寂しさは少なかった。
 でも、早瀬を失ったら本当のぼっちになる。これからは今までのように早瀬と過ごせなくなる。
 考えるだけで、堪らえようもないくらいに悲しい。

「キモくないですし、バイトは辞めないでください」

 嘘つけよ。こんなときでも気遣ってくれているようだけど、嘘まではつかないで欲しい。
 悲しくて泣けてきた。先輩が浅木と付き合い始めたときも泣かなかったのに。キスを目撃したときも、潤んだくらいで涙はこぼれなかったというのに。
 
「なんでだよ? 男が好きな俺をキモいと思って、縁を切りたいんだろ?」
「違います。変な誤解をされているようですが、全部あり得ません。先輩のことが好きなんです。男でもアリっていうんなら、俺じゃだめですか?」

 ──は?
 なんだって? よく聞き取れなかった。
 ぽかんとアホ面を晒して早瀬を見ると、アイスを食べたときみたいに顔を赤くしている。
 早瀬が俺を好きで、自分にしろとか言ったような気がするけど、そんなはずはない。聞き間違いであるはずだ。

「先輩が誰かに片思いをしていたのは知ってました。でも、相手は女子だと思い込んでいて、同性でもありなんて思わなくて……」

 早瀬は見たこともないくらいに顔をみるみる赤くして、途中で言葉を詰まらせた。
 緊張の極致みたいな様子に、俺の困惑は増していく。

「ちょっと待て。早瀬も青柳先輩のこと好きなの?」
「違います。俺が好きなのは成海先輩です。中学のときからずっと好きでした。男の俺なんで絶対に無理だから、そばにいれるだけでもって押し隠してました。でも先輩が……成海先輩が男も恋愛対象っていうなら、俺じゃだめですか?」

 聞き間違えでもなく、はっきりと聞こえたそれは、聞こえても信じられるようなものじゃなかった。
 だけど早瀬の顔は真剣で、不快感や嫌悪感など欠片も感じられなかった。
 顔を赤くして、心臓の鼓動が伝わってきそうなほど震えている。俺の返答一つで世界が終わるかもというように怯えてさえ見え、まさかと俺は、熱が出たみたいに熱くなった。