場所はすぐ近くのファミレスを選んだ。バイト終わりの俺たちは空腹だったけど、青柳先輩は夕食を済ませているはずだからと、ドリンクバーのあるところにした。

「じゃ、ドリンクを取ってきます」

 注文を済ませたあと、早瀬は下っ端なんでと言って、俺と青柳先輩の希望を聞いて席を立った。
 これ以上早瀬を心配させるわけにはいかない。
 
「……先輩、すみません。色々あって金稼がなきゃいけなくて、バイトは辞められないんです」

 青柳先輩から説得される前にと、俺は先手を打って切り出した。
 
「えっ? ……いきなり? なんか切羽つまってる感じだな」
「すみません。サッカーを続けたい気持ちもあって退部届までは出せずにいましたが、やっぱ無理かなって。すみません……」
「まあ、詮索はしたくないから聞かないけど……そっか」
「ディフェンダーなら南沢のほうが上手いと思いますし」
「うん、まあ、部のほうは問題ないんだけど」

 部のほうは?
 青柳先輩の言い方に引っかかるも、ちょうど早瀬が戻ってきたため、青柳先輩はドリンクのほうへ意識がそれてしまった。
 早瀬はドリンクをそれぞれの前に置きながら俺の隣に腰を下ろし、ちらと見ると目が合った。
 ──先輩に話したぞ。
 念を込めつつ頷いてみせると、早瀬は気づいてくれたのか、強張っていた顔がゆるみ、無表情ながらいつもの様子に戻ったようだった。早瀬は青柳先輩が来てから不機嫌なままで、バイトが終わっても眉根に皺を寄せていたのだ。
 
 それぞれドリンクバーを口につけつつ無言の空気が立ち込めていたところ、空いているせいか思ったよりも早く配膳ロボットが食事を運んできてくれた。
 俺はハンバーグセットで早瀬はドリアとサラダのセットだ。
 
「……成海さ、明日暇?」

 フォークを取り食べ始めたとき、青柳先輩から唐突に訊かれて噴き出しそうになった。
  
「明日ですか?」
「バイトなかったら遊びに行かねー?」

 いきなりどうしたんだろう。浅木と付き合い始めてからは、いくら誘っても乗ってくれなくなり、ここ半年はまったくと言っていいくらいに遊ばなくなっていた。

「どうしたんですか? 浅木は?」
 
 ナプキンを取って口元を拭いていると、青柳先輩は言い出しづらそうにうなじをかいた。
 
「……実は別れちゃって」
「えっ?」
「あいつ、最悪なことに(はやし)と浮気してたんだよ」

 唖然とする俺を前に、青柳先輩は憎々しげに愚痴り始めた。
 二ヶ月くらい前に、浅木は自分も選手側になりたいからとの理由でサッカー部のマネージャーを辞め、女子バレー部に入部したのだという。バレー部は体育館を男女で使うため、毎日顔を合わせていた男子バレー部の林先輩といい感じになり、いつの間にやら二股状態になっていたらしい。浮気していた側だが林先輩は浅木に本気で惚れてしまったようで、俺が本命だと言って、今日さっき、部活が終わったあと青柳先輩を呼び出して暴露してきたのだそうだ。

「ふざけんなって話だよな」
「それで、別れたんですか?」
「柚穂は俺のほうが本命だとかなんとか言ってたけど、二股してる側が言うセリフかっつーの」

 昼には人目をはばからずにキスをしていた二人が、放課後にはあっけなくも他人となるなんて。男女の仲は恐ろしいものだと他人事ながら妙な気持ちになる。

「それは、大変でしたね……」
「つーことでさ、明日暇になっちゃたんだよね。日曜は練習があるんだけど、土曜は野球部が練習試合とかで部活も休みなんだ。カラオケとか映画とかなんでもいいから、どっか行こうぜ。憂さ晴らしに付き合ってよ」

 青柳先輩は無理やりつくったような笑みで言い、俺はまさかの誘いに耳まで熱くなった。
 ただ、以前とは違ってぬか喜びをする誘いじゃない。青柳先輩は失恋している俺に失恋を慰めて欲しいのだ。片思いしていることは知られていないわけだけど、なんとも複雑で、熱くなりつつも気分が沈む。
 俺が女だったらチャンスと思えたかもしれない。けれど、青柳先輩はノーマルで、俺みたいに同性を恋愛対象にしているわけじゃない。そもそも俺のことなんて後輩としか思ってないのだから。

「……成海先輩は明日、樋口(ひぐち)さんの代わりにシフトが入ってましたけど」

 それまで黙々とドリアを口に運んでいた早瀬が、ぽつりと割って入ってきた。

「え、そうだったっけ? 俺また忘れそうになってた」

 そういえば大学生の樋口さんからシフトを代わって欲しいと言われていたような気がする。いつのことだったか、LINEを確認してみなければと思いつつ忘れていた。

「バイトか、でも一日中じゃないんだろ? 何時まであんの?」
「九時から五時ですね」

 青柳先輩からの質問に、早瀬が先に答えてくれた。でも樋口さんは九時から午後一時までだった気がする。明日は五時までのシフトだったのだろうか。八時間とは、長丁場になりそうだ。
 
「そんなに?」
「残念ながら。俺も一緒に入るんでお付き合いできません。すみません」
 
 それなら仕方がないと言って、青柳先輩はあっさり折れてくれた。
 片思いをしている先輩と半年ぶりに二人で遊べたかもしれない。バイトがあって断ることになってしまった。
 残念と思うはずが、俺はなぜかほっとしていた。
 浅木を別れたと聞いても嬉しい気持ちにはならず、どこか他人事のように聞いていた。
 そんなに前からマネージャーを辞めていたのなら、サッカー部を退部する必要もなかったなんて、悔いの気持ちも不思議と湧いてこなかった。
 青柳先輩を見ると今も身体が熱くなるし、緊張もするけれど、この半年でずいぶん遠くなってしまったような感じだった。