奪回して欲しい貴重品とは、ジュラルミンケースに入ったおよそ十五㌔のヘロインだ。
 華々しい実業家という表向きの顔を持つビッグボスの裏の顔は、シチリアーノのボス。
 シチリアーノ・ファミリー。街に陣取る七大ファミリーの中でも急成長株の新興勢力。
 シチリアーノをトップの一翼に押し上げた推進力の一つにウェイキンの働きがあった。
「お前の仕事は誰よりも手堅い。それは俺が保証する」
「……」
 仲介取引の過程で突如輸送車が何者かに襲われジュラルミンケースが盗まれたばかり。
 時価一千㌦は下らない代物が横取りされた訳で、当然ビッグボスの怒りは静まらない。
「犯人の目処だが……発信機を頼れ。ビーカーが追って連絡を入れる」
「……」
 ポンと手渡された折り畳み携帯型の端末と通信器を手中に、ウェイキンは生唾を飲む。
 ビーカー。まだ年端にも満たない小娘だが、稀代の天才ハッカーだと界隈で噂だった。
「解ってるなエーキン。夜明けまでの……猶予は数刻もない」
「……了解、ボス」
 はだけた襟元から覗くボスの拳銃……その銃把がウェイキンの眼を決意に眇めさせる。

 ダム、ダムッ! ダムッ!! ダム――ッ!!!
 クラブハウスから漏れるディスコ・サウンドのボリュームがでかくなる。
 眠らない街――ミッドウェイタウンの夜が今ここに明けようとしていた。
「念の為だ。コイツを持っていけ」
「……コルト・パイソン」
 手渡されたズッシリ重量感のある銃を、デニムのピスポケットに仕舞う。
「無駄打ちはするな。それと戦闘するなら市街地を避けろ」
「……了解」
 ガチャ。やがて助手席側――右側方の重厚なドアがゆっくりと開き……。
 ジャリ――。
 黒のジャケットを羽織った瘦身体躯の靴底が、乾いた路面を踏みしめる。

 奪われたケースには発信機が取り付けられているらしい。
 組織の上層では既に略奪者の場所をサーチしているハズ。
 ボスの人脈なら、裏仕事に習熟した他のファミリーに仕事を依頼する事も出来たハズ。
 が、ボスが白羽の矢を立てたのは一介の末端ソルジャーに過ぎないウェイキンだった。
「……」
 纏まらない思案をぼんやりと巡らしながら、慎重に夜道を馳せる痩せ型の黒シャツ男。
 ガー。
 背後で運転席のウィンドウが開き、顔を出した黒グラサンの黒人が厳つい声をかける。
「また会おう。今度は……」
「……?」
 チャッと黒いサングラスを外すと、ビッグボスが初めて口元を緩ませた。
「ファミリーのアンダーボスとして」
「ッ! ……了解」
 激励を背に受け、そっと振り返りつつ、ウェイキンは無言で頷き返した。
 正直――素直に喜べない。アンダーボスへの飛び級昇格は至上の栄誉だ。
 だが正直、更なる抗争に巻き込まれるのは明らか。心中穏やかではない。
「……」
 いつか足を洗おう……その決意は汚れ仕事に忙殺される中に薄れてゆく。
 抗争の絶えない血生臭い現実が何時しかウェイキンの精神を蝕んでいた。