淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

 撮影が終わった後は、ぼくと灰崎先輩とおばさんの三人でファミリーレストランに夕食を食べに行った。

 窓際のボックス席で「お疲れ、今日もよかったよーっ」とにこにこしながら、おばさんは灰崎先輩のお冷のグラスに自分のグラスを打ちつける。

「なぎさも学校お疲れ。でもメッセージも電話も反応なしなんて、ひどいじゃない」
「ごめん。気づかなかったんだ」
「どうせまたぼーっと考え事でもしてたんでしょう。私正直、御仁くんが来てくれて助かってる。仕事忙しくって帰れない日も多いし」

 おばさんが「なぎさの面倒みてくれてありがとね」と笑いかけると、灰崎先輩は無表情のまま「っす」と小さく頭を下げた。マスクから覗く目元にはまだメイクが残っているけれど、カメラの前で見せるような豊かな表情は、今の先輩の顔からはすっかり消えてしまっている。

 その後は、料理が出てくるのを三人で静かに待った。ぼくも灰崎先輩もあまり喋る方じゃないから、おばさんが話すのをやめると途端に会話が途切れてしまう。

 そしてしばらく、他のお客さんの会話とか厨房から漏れ聞こえる食器の音とかを聞くともなしに聞いていたら、突然おばさんのスマートフォンに着信が入った。

「もしもし? どうしたの。……うん、うん……、ん? え! それ大変じゃない!」

 おばさんは声を大きくして叫び、慌てた感じで電話を切った。急いで自分の荷物をあさり、お財布を取り出して、ぼくと灰崎先輩の前にクレジットカードをぽんと置く。

「撮影で使ったアクセサリーが一つ、どうしても見つからないらしいの。明日朝一で新しい営業先にも見せに行く予定だったやつだから、私も行って探してくる! 悪いけど二人で明日の昼と夜の買い出し済ませておいて。ここの会計もそのカードでよろしく!」

 茶色く染めたボブヘアーをくるんと翻して、おばさんはバタバタと店を出ていった。

 取り残されたぼくと灰崎先輩は、なにも言えないままその後ろ姿を見送る。

「えーっと……」

 ぼくは恐る恐る、隣に座る灰崎先輩に顔を向けた。こんな状況でも限りなく無表情に見える先輩の横顔に、胸の内にわいた不安をつぶやいてみる。

「先輩、おばさんが頼んだ料理が何だったかって覚えてます……?」
「……『スペシャルデラックスボリューミーハンバーグステーキディナー、ポテト付きスープセット』だ」

 ぼそりと答えた先輩が、わずかに目を細めて嫌そうな顔をする。ぼくの言いたいことは、どうやら伝わったらしい。

「今からでもキャンセルできないか聞いて――」
「お待たせいたしましたーっ」

 呼び鈴を押そうと手を伸ばした先輩の頭上から、元気いっぱいの店員さんの声が降ってくる――その手にはジュージューと音をたてる、ぼくの拳二つ分はありそうな大きなハンバーグステーキ。

「ポテトとスープ、あと冷麺と唐揚げ定食もすぐにお持ちしますねー!」

 ハンバーグステーキをテーブルに置いて、店員さんは呼び止める間もなく厨房の方へと戻っていってしまう。ほどなくして、先輩の頼んだ冷麺とぼくの唐揚げ定食、それからお皿に山盛りのポテトとセットスープが、目の前に容赦なくデン! と運ばれてくる。

「……ニレ」
「はい」
「ニレは、けっこう食べるタイプ?」
「に、見えます?」

 灰崎先輩はぴたりと一瞬固まった後、ふるふると首を横に振った。その表情はなんとなく悲し気だ。

「いいかニレ、ぴったり半分ずつだ。俺もニレも同じだけ頑張るんだ」

 ぼくは背筋を伸ばして「はいっ」と返事をした――「残す」っていう選択肢は、初めから出てこない人なんだな。

 そう思って、なんだか嬉しくなる。ぼくが憧れている先輩は、見た目だけじゃなくて中身もステキな人なんだ。