淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

 三十分ほどで、灰崎先輩は奥のメイクスペースから戻ってきた。少しグレーがかった黒髪のウィッグを三つ編みにして、セーラー襟の白いワンピースを身に纏っている。

 制服っぽいデザインだけどスカート部分はパニエでふわりと膨らんでいて、そこからは白いフリル付きソックスに覆われた長い足が伸びていた。照明で飛ばないように濃いめのメイクを施された横顔は、どこからどう見てもクールで近寄りがたいお嬢様だ。

「じゃあ始めるよー。御仁くん、まずはその向日葵持って」

 先輩は小さくうなずいて、小道具の向日葵を慣れた様子で手に取った。黄色い花びらを頬に寄せ、形の綺麗な目元をいかして、くるくるとポーズを変えながら涼しげなショットをこなしていく。

「いい感じいい感じ。お洋服が綺麗め寄りだから、あえて可愛い表情でも何枚か撮っておこうか」

 カメラマンのおじさんがそう言うと、灰崎先輩は今度は一瞬で、向日葵よりも明るく愛らしい笑顔をつくってみせた。学校や家では絶対に見れないその表情に、僕の視線は奪われて離せなくなる。

 先輩、あんな風に笑えるんだ――何度見ても、そう思ってびっくりする。

 ぼくが先輩の撮影を見るのは、これで三回目だ。

 初めて見たのは、春物のカタログ用撮影をしていた二月の初め。「撮影見にくる?」って突然おばさんに誘われて、断るわけもなくウキウキでついて行った。

 その一ヶ月後、新年度セール用の宣材写真を急きょ撮り増しすることになった時が二回目で。ぼくはその撮影の帰りに、新年度から先輩が一緒に暮らすことになると聞かされた。

 ――まっちゃんがね、修行でイギリスに行くの! だからその間、私が御仁くんを預かることになって。

 おばさんは顔の前で勢いよく手を合わせ、「お願いっ」とぼくに頭を下げた。二月に突然、ぼくを撮影に連れ出したのも、ぼくが御仁先輩に対してどういう反応を示すかを探りたかったかららしい。

 その場には御仁先輩もいたし、御仁先輩のお母さん、つまり「まっちゃん」もいた。こんな状況で断れるわけがなかったし、そもそもぼくは元から御仁先輩の大ファンなんだから、断る理由なんて少しもなかった。

「まっちゃん」の修行の期間は短くて半年、長くて一年らしい。尊敬するブランドの制作チームとご縁があって、どうしても行きたいんだって。だけどシングルマザーで他に頼れる人がいないから、親友であるおばさんの家に灰崎先輩をあずけることにしたらしい。

 ぼくのおばさんも、女手一つで甥っ子であるぼくを育ててくれている。ぼくのお母さんは結婚せずにぼくを産んで、その後すぐに亡くなってしまったから。

 おんなじような境遇なんだなって、その時ぼくは、初めて灰崎先輩を身近に感じた。先輩の方は相変わらずの無表情だったから、その心の中はわからないけど。

 だけど一緒に一ヶ月過ごして、とりあえず「嫌われてないんだな」ってわかるくらいには打ち解けられてる。先輩が学校であんまり笑わない理由とか、ずっとマスクつけてる理由とかは、まだ全然聞けてないけどね。

 いつか、聞けるようになるのかな。

 いつかあんな風に――向日葵みたいに、ぼくの前でも笑ってくれるようになるのかな。

 妄想が得意なぼくだけど、その光景はあまりにも眩しくて、目がくらんで上手く想像できなかった。

 それなのに心臓だけが異様にドキドキして、なんだかちょっと怖いくらいだ。