淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

 それから二週間が経っても、灰崎先輩は帰ってこなかった。ぼくから連絡なんて到底できないし、先輩からの連絡もないから、先輩とはこの一件以来なにも話をしていない。

 だけど締め切りは待ってくれないから、遊園地デートで止まっていたあの小説を、ぼくは無理やり終わらせた。誰がどう見てもハッピーエンドってわかるような、とびっきり幸せなラストシーンをつけて。

「楡のやつ、けっこういいんじゃない?」

 放課後の空き教室、竹下くんはそう言って、目の前のぼくに向かってこっくりとうなずく。

「なんだかんだ文字数もちゃんとあるし。ロリータモデルのヒーローとかさ、最初はどうなんだろうって思ったけど、ちゃんとカッコいいしたまに可愛くってギャップ萌え要素もあるから、女子は好きだと思う。ニレがそのジャンルで書くってのは、わりと意外だったけどなー」

 ほめてくれた竹下くんに、ぼくはぎこちなく「ありがとう」と笑い返した。すると今度は竹下くんが、「俺のはどうだった?」と前のめりになって尋ねてきたので、ぼくは事前に準備しておいたメモを見ながら竹下くんの作品の感想を伝えた。

 十一月に入り、コンテストの締め切りが迫ってきたので、今日は竹下くんとお互いの作品について感想を言い合っている。アドバイスも出し合って、それを参考にしながら最後の直しをする段階だ。

「やっぱ人の読むのって勉強になるわー。楡のやつはさ、終わり方もいいよな。ちゃんとハッピーエンド! って感じで」
「あ……うん。ありがとう。頑張った甲斐があったよ」

 ぼくはそう応じつつ、視線を下げてなにも言えなくなってしまう。

 この作品を書きながら、現実のぼくはどこで間違えてしまったんだろうって何度も何度も考えた――そもそも、先輩をモデルに小説を書き始めたのがいけなかったのかな。それとも、紙に印刷しちゃったから? うっかり寝落ちしちゃうような生活をしたから?

 現実は小説でもゲームでもないから、書き直すこともやり直すこともできない。ぼくはただ、物語の中の幸せそうな二人を見て、日々静かに落ち込むだけ。

「……これさ、違ったら普通に違うでいいんだけど」

 うつむいたままのぼくに、竹下くんがおずおずと話しかけてくる。「なに?」と顔を覗き込むと、言いづらそうに目を逸らしながらもう一度口を開く。

「楡の小説のヒーローってさ、灰崎先輩がモデルだったりする?」

 ばっちり言い当てられてしまって、ぼくはぽかんと口を開けたまま固まってしまう。なんで? 竹下くんには、灰崎先輩とのことは全く話していないはずなのに。

「いやなんか最近、灰崎先輩めっちゃ噂になってるじゃん? 大阪でやるファッションショー出るとかなんとか」
「えっ……?」
「なに楡、知らなかったわけ?」

 訝し気に見つめられて、ぼくは何も言えずにうつむいた。

 ぼくは元々、竹下くんと灰崎先輩くらいしかまともに話す人がいないし、その灰崎先輩もいなくなってしまった今、ぼくが会話をするのは竹下くんだけだ。クラスでは今、十一月中旬の文化祭に向けての準備も進んでいるけど、これといって友だちが増えたりもしていない。

「直接聞いてないとか、意外すぎるけど……まあとにかく、話題なわけよ。ショーの規模はそんなに大きくないんだけど、けっこう有名なインフルエンサーが出演しててさ。校内のファンが出演者一覧見たら先輩の写真も載ってて、みたいな感じ。ほら」

 竹下くんは少しスマートフォンをいじって、ぼくの方に画面を向けてくる。

 そこには、小さいけど灰崎先輩の写真が――ロリータじゃない、いつもの格好の灰崎先輩が、爽やかな表情で微笑んでいる写真が表示されていた。

「この人ずっと、ロリータブランドのモデルやってたんだって? その辺もすげー噂になっててさー。楡は前から知り合いみたいだし、見せてもらった小説もそんな感じだから、もしかしてって」

 そこまで言われてしまえば、ぼくにはもう逃げ場がない。

 だけど、これを認めるってことは……。

 かーっと顔が熱くなって、ぼくは辛うじて小さくうなずいたきり、また言葉が出なくなってしまった。

 竹下くんの顔を見るのが怖い。好きな人を知られたのが恥ずかしいのはもちろん、読んでもらった小説がその好きな人をモデルにしてるってことまでバレてしまったんだ。

 絶対絶対、竹下くんにも引かれてしまうに決まってる。

「その……、気持ち悪くってごめん。引いたよね」
「なんで? べつにいいんじゃね」
「え」
「実際にあったことかどうかなんて、読んだ人には基本わかんねーし関係ないじゃん。むしろリアリティあっていいなって思ったけど? あー楡、ほんとに灰崎先輩のこと好きなんだなーって」

 そんな風に返してきた竹下くんの顔は、明らかに口元がにやにやしている。

 からかわれるってすぐに察して、ぼくは勢いよく椅子から立ち上がった。

「うおっ、びっくりした。急に立つなよ」
「……帰る」
「なんで」
「だって絶対、竹下くんこれからぼくのことからかうじゃん」
「いやいや、からかうとか、そんなことないって。俺はただ、楡の小説の感想を言っただけ。この主人公は、本当に本当にヒーローのことが好きなんだなーって」
「その発言がもう、からかってる!」

 荷物をまとめながらヤケクソに言い返すと、竹下くんもにやにや笑いのまま荷物をまとめ始めた。そのまま小走りで、早歩きで教室を出たぼくの後を追ってくる。

「なになに、じゃあ楡はもう、灰崎先輩と付き合ってんの? 手つないだ? チューした?」
「うるさい」
「わー、楡が怒ってる。珍しー」
「……」