*
「リンデン」の事務所近くのスタジオに行くと、正面の扉から大人が数人、ガヤガヤ話し合いながら外に出てきた。
その人たちとぶつかりそうになって、ぼくは慌てて後ずさりした。おっとっと、と下がった先で、灰崎先輩の体にぼくの肩がぶつかる。
「す、すいません……」
咄嗟に謝ると、先輩は気にするなと首を左右に振った。「大丈夫?」と首を傾げてから、「ていうかさ」と言葉を続ける。
「ニレが謝ることじゃなくない。悪いのは、ぶつかりそうになったあっちじゃん」
灰色の目に、うっすらと不快そうな表情がにじむ。そんな風に心配してもらえたのが嬉しくて、ぼくはつい、ニコニコの笑顔で灰崎先輩を見上げてしまう。
「よくあることなので大丈夫ですよ。灰崎先輩はいつもキラキラだから、ピンとこないかもしれないですけど」
「キラキラ?」
「そうです。キラキラ。いつもカッコよくて輝いてるから、灰崎先輩に気づかない人なんていないです」
そう言い切ると、灰崎先輩の目元なぜか、今まで見たことないくらいにピキリと固まった。顔を覆う黒いマスクをさらに引き上げて、少し長めの前髪を手ぐしでいじって。ぼくから逃げるように早足で、スタジオの中に入っていってしまう。
「……!」
ぼくはわたわたとその後を追った。先輩がどうして、あんな風に急に先に行ってしまったのかがわからない。
怒らせたかな、と不安になる。ぼくなんかに褒められて、嫌な気持ちになったかな。
ぼくは頑張って足を動かしたけど、容赦なく突き進む灰崎先輩にはなかなか追いつけなかった。一階の奥、今日「リンデン」が借りているという部屋の前まで行ってようやく、広い背中をつかまえる。
「灰崎せんぱ――」
「お疲れ様です」
でも結局、ぼくが話しかけるよりも先に、先輩はぼそりと呟きながら扉を開けてしまった。暗い廊下に明るい照明の光が差し込んで、目の奥がチカッとまたたく。
「御仁くんお疲れ! よろしくねー」
すぐにおばさんの明るい声が聞こえてきて、先輩はあれよあれよという間に、賑やかなスタジオ内に引き込まれていってしまった。
入口に取り残されたぼくは「お邪魔します」と静かに言って中に入り、扉を閉める。
小さいけれど、本格的なスタジオだ。スポットライトに照らされた白いスクリーンの脇にはひまわりや水風船、風鈴などの夏を意識した小物が準備されて、それを囲むようにカメラなどの機材が立ち並んでいる。
「幽霊」なんて言われちゃうぼくには、絶対に縁がないようなキラキラの世界。
スタジオに来ると、先輩もおばさんも、ぼくとは遠い世界にいるんだなあって実感する。
だからぼくは、なるべく壁際に寄って、静かに静かに撮影の様子を眺めた。忙しなく立ち働く大人たちは、ぼくのことなんて全然見ていない。
……まるで本当に、幽霊や透明人間になったみたいだなあ。
そんな風に思うと、ぼくの胸はやっぱり少しワクワクした。
「リンデン」の事務所近くのスタジオに行くと、正面の扉から大人が数人、ガヤガヤ話し合いながら外に出てきた。
その人たちとぶつかりそうになって、ぼくは慌てて後ずさりした。おっとっと、と下がった先で、灰崎先輩の体にぼくの肩がぶつかる。
「す、すいません……」
咄嗟に謝ると、先輩は気にするなと首を左右に振った。「大丈夫?」と首を傾げてから、「ていうかさ」と言葉を続ける。
「ニレが謝ることじゃなくない。悪いのは、ぶつかりそうになったあっちじゃん」
灰色の目に、うっすらと不快そうな表情がにじむ。そんな風に心配してもらえたのが嬉しくて、ぼくはつい、ニコニコの笑顔で灰崎先輩を見上げてしまう。
「よくあることなので大丈夫ですよ。灰崎先輩はいつもキラキラだから、ピンとこないかもしれないですけど」
「キラキラ?」
「そうです。キラキラ。いつもカッコよくて輝いてるから、灰崎先輩に気づかない人なんていないです」
そう言い切ると、灰崎先輩の目元なぜか、今まで見たことないくらいにピキリと固まった。顔を覆う黒いマスクをさらに引き上げて、少し長めの前髪を手ぐしでいじって。ぼくから逃げるように早足で、スタジオの中に入っていってしまう。
「……!」
ぼくはわたわたとその後を追った。先輩がどうして、あんな風に急に先に行ってしまったのかがわからない。
怒らせたかな、と不安になる。ぼくなんかに褒められて、嫌な気持ちになったかな。
ぼくは頑張って足を動かしたけど、容赦なく突き進む灰崎先輩にはなかなか追いつけなかった。一階の奥、今日「リンデン」が借りているという部屋の前まで行ってようやく、広い背中をつかまえる。
「灰崎せんぱ――」
「お疲れ様です」
でも結局、ぼくが話しかけるよりも先に、先輩はぼそりと呟きながら扉を開けてしまった。暗い廊下に明るい照明の光が差し込んで、目の奥がチカッとまたたく。
「御仁くんお疲れ! よろしくねー」
すぐにおばさんの明るい声が聞こえてきて、先輩はあれよあれよという間に、賑やかなスタジオ内に引き込まれていってしまった。
入口に取り残されたぼくは「お邪魔します」と静かに言って中に入り、扉を閉める。
小さいけれど、本格的なスタジオだ。スポットライトに照らされた白いスクリーンの脇にはひまわりや水風船、風鈴などの夏を意識した小物が準備されて、それを囲むようにカメラなどの機材が立ち並んでいる。
「幽霊」なんて言われちゃうぼくには、絶対に縁がないようなキラキラの世界。
スタジオに来ると、先輩もおばさんも、ぼくとは遠い世界にいるんだなあって実感する。
だからぼくは、なるべく壁際に寄って、静かに静かに撮影の様子を眺めた。忙しなく立ち働く大人たちは、ぼくのことなんて全然見ていない。
……まるで本当に、幽霊や透明人間になったみたいだなあ。
そんな風に思うと、ぼくの胸はやっぱり少しワクワクした。


