「はあー……」
自分の教室に着いてからも、ぼくの口からは自然と大きなため息がもれてしまった。
直後、横からクスっと小さな笑い声が笑い声が聞こえてきて、ぼくはびっくりしてそちらを振り向いた。
「あっ……ごめんね。あんまり大きなため息だったから」
えへへ、と少し困ったように笑って答えたのは、隣の席の女子だった。「楡くん、落ち着いてるイメージだったから意外だなって」なんて付け加えて、くるりと身を翻して、少し離れた席の友だちの元へ歩いていってしまう。
「……」
ため息をツッコまれてしまったことが恥ずかしくて、ぼくは朝と同じように両手を頬にあてて、自分の口周りをむにむに揉んだ。
「落ち着いてる」っていうか、「ほとんど喋らなくて静か」っていう意味なんだと思うけど……確かに今、ぼくの心の中は、落ち着きとは程遠い状態にあるよなあ。
「楡、おはよ。なに喋ってたん?」
呼びかけられて顔を上げると、相変わらず機嫌のよさそうな竹下くんが立っていた。
「おはよう竹下くん。いやなんか、ため息ついたら『意外だ』って言われて」
「それはまあ、確かに。楡って教室だと特に、あんまり自分の感情表に出さないイメージあるわ」
竹下くんにそう言われて、ぼくは苦笑いを返すことしかできなかった。実際そうだと思うし、ぼくがそういう感じだから、「幽霊」なんてあだ名がついちゃったんだろうな。
竹下くんが話しかけてくれるようになったお陰か、二学期に入ってからは、さっきみたいにきちんと名字で読んでもらえることが増えた。男子は「楡」で、女子は「楡くん」。覚えてもらえて、すごく嬉しい。
でも他の人の「楡」や「楡くん」を聞くたびに、ぼくはやっぱり、灰崎先輩の「ニレ」が一番好きだなあってつい考えてしまう。ちょっと雑で、飼い猫を呼ぶみたいな、だけどとびっきり優しくて柔らかい「ニレ」。
思い返しただけで、つい口元が緩んでしまった。悩む時も、ほっこりする時も、ぼくの頭の中にはいつも灰崎先輩がいる。
「なに笑ってるんだ? 楡……ってかさ、そうだ。俺今日、楡に言いたいことあるんだよ」
「言いたいこと?」
「そう。言いたいことっていうか、誘いたいことっていうか」
「?」
意味をつかめずに首を傾げたぼくの前で、竹下くんはポケットからスマートフォンを取り出した。スイスイっと画面を操作して、「これって楡?」とぼくの投稿用アカウントについて確認してきた時と同じように、ぼくの目の前にスマートフォンの画面を突き出してくる。
「このコンテスト、一緒に応募してみない?」
竹下くんが見せてくれたのは、ぼくたちが使っている小説投稿サイトが主催するコンテストの応募要項だった。ざっと目を通した感じ、投稿サイトに公開した作品にハッシュタグをつけるだけで応募できる簡単なもので、選考委員の目に留まった作品には編集部からのレビューがもらえるらしい。
「これさ、受賞しても本が出せるわけじゃないから、意外と狙い目らしくって。昨日文芸部で話題になったんだ。実際に何人か出すみたいだから、俺も出してみようかなーって。だったら楡も誘うかー、的な?」
「でも二万文字以上って……ぼく多分、そんなに長い話書いたことない」
「え? だけど楡前に、六月くらいからずっと書いてる話があるって言ってなかった?」
竹下くんの指摘に、心臓がどきりとする。竹下くんが言っているのは、ぼくが日記代わりに毎朝書いているあの小説のことだ。
「あれはその、本当の本当に自分用っていうか。第一、最後まで書ききれてないし」
「じゃあこれを機にラストまで書いちゃおうぜ。締め切りは十一月だし、小説っていうのは、ちゃんと書き上げないと力になんないんだぞ!」
なぜかちょっと得意げな感じで、竹下くんは言い切った。そのままわくわくキラキラした目でじっとこちらを見つめてくるものだから、ぼくはすごく、すごーく断りづらい気持ちになる。
「ほしくない? 編集部からのレビュー! べつにさ、もし間に合わなくて応募できなくても、特になにか損するとかじゃないんだし。それに女子たちがさ、なんかすげー楽しそうなの。『一緒に書こー』とか『絶対読むー!』とか。俺だって出すのに! めっちゃ仲間外れ! ひどくない?」
「……竹下くんの作品が投稿されたら、ぼくは読むよ」
「じゃあ俺も楡の作品読みたい。なあなあ、一緒にやろうぜ。一緒に青春しようぜ!」
「青春って……うーん……うん。うん……んー……」
「頼む! このとーり!」
ぱちんっと両手を顔の前で合わせて、竹下くんが頭を下げる。
そこまでされては断り切れるわけもなく、ぼくは渋々首を縦に振った。
「そこまで言うなら、まあ……。わかった。やってみる。あんまり自信ないけど」
「そうこなくっちゃ!」
さんきゅー! と竹下くんが笑ったところで、タイミングよく予鈴が鳴る。
竹下くんは機嫌よく自分の席に戻っていくけど、ぼくの頭の中は不安でいっぱいだ。
自分の教室に着いてからも、ぼくの口からは自然と大きなため息がもれてしまった。
直後、横からクスっと小さな笑い声が笑い声が聞こえてきて、ぼくはびっくりしてそちらを振り向いた。
「あっ……ごめんね。あんまり大きなため息だったから」
えへへ、と少し困ったように笑って答えたのは、隣の席の女子だった。「楡くん、落ち着いてるイメージだったから意外だなって」なんて付け加えて、くるりと身を翻して、少し離れた席の友だちの元へ歩いていってしまう。
「……」
ため息をツッコまれてしまったことが恥ずかしくて、ぼくは朝と同じように両手を頬にあてて、自分の口周りをむにむに揉んだ。
「落ち着いてる」っていうか、「ほとんど喋らなくて静か」っていう意味なんだと思うけど……確かに今、ぼくの心の中は、落ち着きとは程遠い状態にあるよなあ。
「楡、おはよ。なに喋ってたん?」
呼びかけられて顔を上げると、相変わらず機嫌のよさそうな竹下くんが立っていた。
「おはよう竹下くん。いやなんか、ため息ついたら『意外だ』って言われて」
「それはまあ、確かに。楡って教室だと特に、あんまり自分の感情表に出さないイメージあるわ」
竹下くんにそう言われて、ぼくは苦笑いを返すことしかできなかった。実際そうだと思うし、ぼくがそういう感じだから、「幽霊」なんてあだ名がついちゃったんだろうな。
竹下くんが話しかけてくれるようになったお陰か、二学期に入ってからは、さっきみたいにきちんと名字で読んでもらえることが増えた。男子は「楡」で、女子は「楡くん」。覚えてもらえて、すごく嬉しい。
でも他の人の「楡」や「楡くん」を聞くたびに、ぼくはやっぱり、灰崎先輩の「ニレ」が一番好きだなあってつい考えてしまう。ちょっと雑で、飼い猫を呼ぶみたいな、だけどとびっきり優しくて柔らかい「ニレ」。
思い返しただけで、つい口元が緩んでしまった。悩む時も、ほっこりする時も、ぼくの頭の中にはいつも灰崎先輩がいる。
「なに笑ってるんだ? 楡……ってかさ、そうだ。俺今日、楡に言いたいことあるんだよ」
「言いたいこと?」
「そう。言いたいことっていうか、誘いたいことっていうか」
「?」
意味をつかめずに首を傾げたぼくの前で、竹下くんはポケットからスマートフォンを取り出した。スイスイっと画面を操作して、「これって楡?」とぼくの投稿用アカウントについて確認してきた時と同じように、ぼくの目の前にスマートフォンの画面を突き出してくる。
「このコンテスト、一緒に応募してみない?」
竹下くんが見せてくれたのは、ぼくたちが使っている小説投稿サイトが主催するコンテストの応募要項だった。ざっと目を通した感じ、投稿サイトに公開した作品にハッシュタグをつけるだけで応募できる簡単なもので、選考委員の目に留まった作品には編集部からのレビューがもらえるらしい。
「これさ、受賞しても本が出せるわけじゃないから、意外と狙い目らしくって。昨日文芸部で話題になったんだ。実際に何人か出すみたいだから、俺も出してみようかなーって。だったら楡も誘うかー、的な?」
「でも二万文字以上って……ぼく多分、そんなに長い話書いたことない」
「え? だけど楡前に、六月くらいからずっと書いてる話があるって言ってなかった?」
竹下くんの指摘に、心臓がどきりとする。竹下くんが言っているのは、ぼくが日記代わりに毎朝書いているあの小説のことだ。
「あれはその、本当の本当に自分用っていうか。第一、最後まで書ききれてないし」
「じゃあこれを機にラストまで書いちゃおうぜ。締め切りは十一月だし、小説っていうのは、ちゃんと書き上げないと力になんないんだぞ!」
なぜかちょっと得意げな感じで、竹下くんは言い切った。そのままわくわくキラキラした目でじっとこちらを見つめてくるものだから、ぼくはすごく、すごーく断りづらい気持ちになる。
「ほしくない? 編集部からのレビュー! べつにさ、もし間に合わなくて応募できなくても、特になにか損するとかじゃないんだし。それに女子たちがさ、なんかすげー楽しそうなの。『一緒に書こー』とか『絶対読むー!』とか。俺だって出すのに! めっちゃ仲間外れ! ひどくない?」
「……竹下くんの作品が投稿されたら、ぼくは読むよ」
「じゃあ俺も楡の作品読みたい。なあなあ、一緒にやろうぜ。一緒に青春しようぜ!」
「青春って……うーん……うん。うん……んー……」
「頼む! このとーり!」
ぱちんっと両手を顔の前で合わせて、竹下くんが頭を下げる。
そこまでされては断り切れるわけもなく、ぼくは渋々首を縦に振った。
「そこまで言うなら、まあ……。わかった。やってみる。あんまり自信ないけど」
「そうこなくっちゃ!」
さんきゅー! と竹下くんが笑ったところで、タイミングよく予鈴が鳴る。
竹下くんは機嫌よく自分の席に戻っていくけど、ぼくの頭の中は不安でいっぱいだ。


