淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

 竹下くんが作戦を話し終わるタイミングで、朝のホームルームの予鈴が鳴った。聞かされたばかりの話に戸惑うぼくを、竹下くんは教室までぐいぐい引っ張っていった。

 それからお昼休みまでは、ぼくはまだ言われたことを実行するだけの決心が固まらなくて。でも放課後になるまでの間に、竹下くんはぼくに向かって何度も作戦をやるべき理由を語って聞かせた。

「楡はこのまま、好きな人に誤解されたままでもいいの?」

 決め手はそのひと言だった。焼き肉屋さんで見た先輩の寂しそうな背中とか、「御仁くん、だいぶあなたに心開いてるわよ」と言ってくれた時のおばさんの顔を思い返して、ぼくは覚悟を決めた。

「あのう……」

 放課後、家までの帰り道の途中で、ぼくは隣を歩く灰崎先輩に声をかける。なに? とこちらを振り向いた先輩の目は、びっくりするくらいの塩だ。

 まるで四月の頃に戻ったみたいなその表情にたじろぐけど、もう引っ込みがつかない。ぼくはありったけの勇気を振り絞って、頭の中で何度も何度も練習したセリフを口にした。

「来週の日曜日、一緒に服買いにきてくれませんか?」

 先輩のアーモンド型の目が、まん丸く見開かれる。それもそのはず、同居が始まってからもう半年近く経つけど、ぼくの方から先輩を誘ったのはこれが初めてだから。

「おっ、おばさんに『私服ダサい』って言われちゃって。先輩だったら、モデルさんだし、ぼくよりずっとセンスいいだろうし」

 無言になるのが怖くて、つい立て続けに話し続けてしまう。

 その間中ずっと、先輩はスッと目を細めて、考え込むような表情をしていた。

「服買うくらい、今週末でもいいけど」
「あっ、今週はちょっと………急になっちゃうし、先輩も受験勉強あるだろうし……とにかく来週! 来週がいいんです!」

 予想外の展開に、ぼくはしどろもどろになりながら応じる。だけど、あまりにも感情の読めない灰色の視線の圧に負けて、だんだんと目線が下がってしまう。

「駄目、ですかね……?」
「……いいよ」
「! ほんとですかっ」
「うん。でもさ」

 嬉しくてぱっと上げた顔に、先輩の白い指先が伸びてくる。それはそのまま、びっくりして固まってしまったぼくの頬に優しく触れる。

「『竹下くん』と一緒に行かなくて、いいの?」

 ぼくはぽかんと口を開けて、灰崎先輩を見返した。

 黒いマスクから覗く薄灰色の瞳が、不安げに揺れている。なにも言われてないのに、「寂しい」って言われたような気持ちになる。

「ぼくは、灰崎先輩と行きたいんです」

 自分でも気づかないうちにそう言っていて、はっと我に返った瞬間、かーっと全身が熱くなった。慌ててもう一度うつむいて、「もちろん、勉強の邪魔じゃなければです……!」と消え入りそうな声でつけ加える。

「……邪魔じゃない。全然、まったく邪魔じゃない」
「ほんと、ですか」
「うん」

 誘ってくれて嬉しい。

 そう答えた先輩の声は、ぼくと同じくらいに小さくて。

 もしかして灰崎先輩も、ぼくと同じくらい赤くなってるのかなって思った。

 でも意気地なしのぼくは結局、顔を上げて先輩の表情を確かめることができなかった。