淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

 しばらく歩いたぼくたちは、結局夏休み前にアイスを食べた部室棟裏に落ち着いた。ここは人通りが少なくて静かだから、夏休みが明けてからは、晴れている日はここでお昼を食べることが多い。

「ニレ、さっきなんの話してたの」

 自分の分のお弁当を準備しながら、さっそく灰崎先輩が尋ねてくる。

 やっぱり少し剣のある声色に、ぼくはちょっとたじろいだ。でも誤魔化すのも変な気がして、正直に「竹下くんに借りてる本の話です」と答える。

「本?」
「そうです。ラノベで、アニメ化も決まってて……あ、表紙見ます? 二巻ですけど」

 ぼくはお弁当を出すついでに、竹下くんから借りたばかりの本を取り出して表紙を先輩に見せた。

「……女の子だ」

 間髪入れずに、先輩がつぶやく。確かにこの本の表紙には、主人公の妹的立ち位置のサブヒロインが、キラキラした絵柄のイラストで描かれている。

「あ、そうなんですよ。可愛いですよね。このお話、全部で五人の超可愛いヒロインが出てきて、それで皆、主人公のこと好きでっていう、いわゆるハーレムもので……」

 もしかして先輩も興味があるのかなと思って、ぼくは竹下くんが言っていた作品の推しポイントを思い出しながら、先輩に向かって一生けん命話した。先輩が美少女もののラノベが好きとか、ちょっと……いや、正直めちゃくちゃ嫉妬しちゃうから嫌なんだけど。

 でも一緒に同じ作品を読めたら、共通の話題が増えてもっと話す機会が増えるかもだし。

「ニレはこういうの、好きなの?」
「えっ? あ、はい! もちろん!」

 つい勢いよくうなずいた瞬間、先輩の眉間には見る見るうちに、深い深いシワが寄る。

 それを見たぼくは当然、一瞬にして顔面蒼白だ。

 えっ、ええ? なにをどう間違えたんだ?

「……俺はあんまり、好きじゃない」

 小さく小さくつぶやいて、灰崎先輩はぷいっとそっぽを向いてしまう。

 そのまま黙々とお弁当を食べ始めてしまったので、ぼくは慌てて先輩の肩を叩いた。

「先輩、先輩! どうしたんですか。ぼくなんか、変なこと言いましたか?」
「…………」
「先輩っ」

 顔を覗き込もうとしても、ぐっと持ち上げたお弁当箱でガードされてしまう。ちらりと見えた唇はツンと尖っていて、なんだか怒っているというか、拗ねているというか。

 その後も、お昼休み終了の予鈴が鳴るまで、先輩は全く口を聞いてくれなかった。無言でそれぞれのお弁当を片づけ、教室棟まで歩き、辛うじて放課後一緒に帰る約束だけを確認して、ぼくたちはそれぞれの教室に戻った。

 もちろんその時、ぼくの気持ちは、これ以上ないってくらいに落ち込んでいた。