淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

 竹下くん本人によると、竹下くんはいわゆる「高校デビュー組」というやつらしい。

 竹下くんも、中学の時はぼくみたいに地味で目立たない感じだったんだって。でも高校入学を期にメガネをやめて髪型も変えて、そうしたら思いの外声をかけてくれる人が増えて、今ではすっかりスクールカースト上位グループの仲間入り、という経緯らしい。

 でも昔から読書が好きだから、部活は文芸部。ただ、他の部員は女子ばっかりな上、普段一緒に過ごしている仲間も本はほとんど読まない。

 だから竹下くんは、読書の話ができる友だちがほしいなーってずっと思っていたみたいで。

 ぼくと竹下くん、つまり【たけっち】は、小説投稿サイトを通して、夏休みの間に既に何度かコメントのやり取りをしていた。最初の投稿の後、ぼくは今まで書き溜めていた短編小説を他にも何作か投稿していて、【たけっち】はその全部にコメントをくれていたから。

 そうくれば、ぼくの方も竹下くんに対する警戒心なんてすっかり吹き飛んでしまう。「幽霊」なんてあだ名も気にせずに竹下くんが話しかけてくれたのもあって、九月も下旬になる頃には、ぼくたちはすっかり仲良くなっていた。

「なあ楡、この前言ってた新刊もう買った?」
「買ったよ。まだ読めてないけど」
「俺もなんだよ。課題多すぎて全然時間ねえ」

 お昼休み直前、少し早く授業が終わった分の時間を使って、竹下くんがぼくの席まで話しかけにきてくれる。

 話題は、一週間くらい前に二人で「面白そうだよね」って盛り上がったライトノベルについてだ。

「時間ねえ」なんて竹下くんは言うけど、文芸部に入っているだけあって、竹下くんは本当に色々な本を読む。書いてばっかりで読むことは少なかったぼくも、それにつられて本を読む量が増えた。

「そうだ、この前借りた本返すよ」
「さんきゅー。どうだった?」
「面白かった。ヒロインも可愛い」
「だろ! あ、ちょっと待って」

 そう言った竹下くんは、ばたばたと自分の席まで走っていく。ゴソゴソっと机の横にかけてあったスクールバッグをいじって、また急ぎ足でぼくの前まで戻ってきて、「ほら」と可愛い女の子が描かれた表紙の文庫本を手渡してくれる。

「二巻! そろそろ読み終わるかなーって思って、ちゃんと持ってきておいた」

 どやっと得意そうに笑う竹下くんを見ると、ぼくもつい笑顔になってしまう。

「ありがとう」

 受け取った本をスクールバッグにしまいつつ、お礼を言って笑い返す。そうしてまた、竹下くんの好きなキャラクターや本の話で盛り上がっていると、「楡くん」と後ろから肩を叩かれた。

「灰崎先輩きたよー」

 声をかけてくれたのは、同じクラスの女子だった。彼女が指さす廊下の方には、銀髪に黒マスクの灰崎先輩が、相変わらずの涼しげな佇まいで立っている。

「あ、じゃあぼく行くね」
「おう。行ってらー」

 スクールバッグを肩にかけるぼくに、竹下くんはひらっと右手を上げて笑い返してくれる。小さく振り返して、ぼくは先輩の方に小走りで駆け寄る。

「お疲れ様です。いつもありがとうございます」
「……お疲れ」

 お昼のお迎えは、いつも先輩がぼくの教室まできてくれる。それが嬉しくてお礼を言ったのだけど、なぜかふいっと視線を逸らされてしまった。

 えっ、と戸惑うぼくなどお構いなしに、先輩はスタスタと歩き出してしまう。

 ぼくは慌てて、その背中を追った。もしかして先輩、機嫌悪い……???