淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

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 ぼくが灰崎先輩を初めて見たのは中学二年生の時。

 でも実際に会ったわけじゃなかった。ぼくはおばさんが持ってきたロリータ服ブランドのカタログを通して、モデルとして映っていた灰崎先輩を知ったんだ。

「やっと形になったのよ! すごいでしょう、可愛いでしょう」

 デザイナーをやっているおばさんはその年の夏、専門学校時代の親友と一緒に「リンデン」という小さなロリータ服のブランドを立ち上げた。そのお披露目に向けて作られたという、出来立てホヤホヤのカタログを掲げるおばさんは、今までで一番嬉しそうな顔をしていた。

「すごい。おめでとう」

 ぼくは小さい頃から、仕事に一生けん命なおばさんをずっと見てきた。だから「リンデン」の立ち上げは本当に、自分のことみたいに嬉しくて、記念にと手渡されたカタログもすごくすごく愛おしく感じられた。

 ぼくはリビングのソファに座って背筋を伸ばし、少し厚手の紙を一枚一枚丁寧にめくった――秋を見据えた少しクラシカルな雰囲気のロリータ服たちは、宝物を詰め込んだみたいにキラキラしていて。おとぎ話の世界みたいで、自分が着るとか着ないとか関係なく目を奪われた。

 そして。夢中になってカタログを見つめていたぼくはやがて、どの写真も同じ人がモデルをやっていることに気がついた。

 手足の長いその人は、輪郭や目の形はクール系なのに、甘いレースやフリルを上手に着こなしていた。表情にもバリエーションがたくさんあって、無邪気に微笑んでいたり、物憂げにカメラの外を眺めていたり。

「このモデルさん、ステキだね」

 ぼくがなにげなく言うと、おばさんは「でしょ」と得意げに応えた。

 さっすが御仁(みひと)くん、美形はなに着ても似合うって本当よねー。

「え?」
「ん?」
「御仁くんって、え? このモデルさん男?」
「そうよー。御仁くんはまっちゃんの息子。確か歳は、なぎさの二つ上かな? 服の方の完成が思ったよりギリギリになっちゃって、予算内でいいモデルのスケジュール押さえられなかったの。だから試しに御仁くんに着てもらったら、思いの外しっくりきたから『これでいこう』ってなってねー」

「まっちゃん」っていうのは、おばさんと一緒にブランドを立ち上げて共同経営者をやっている親友のあだ名だ。

 おばさんが言うには、リンデンのブランドコンセプトの一つには「甘すぎないこと」があり、灰崎先輩の綺麗な形の目やシュッとした輪郭は、そのイメージを上手く表現してくれたらしい。

「背の高い女性でもロリータ服を楽しめるように」とサイズ展開も広くしていたため、身長的な問題もなんとかクリアできたみたいだった。

「撮影もね、そりゃもちろん初めてだったんだけど、飲み込み早くてねー。今後も頼もうと思ってるの」
「そ、そうなんだ」

 うきうきと答えるおばさんに相づちを打ちながら、ぼくは改めて、手の中のカタログをまじまじと見つめてしまった。歳はたった二つしか違わないのに、しかもまさかのまさか男の子なのに、「御仁くん」は堂々としていて、綺麗で、可愛くてカッコよくて輝いていて。

 ――次のシーズンも、その次のシーズンも、ぼくはリンデンのカタログが出るたびに、そこに使われている写真を食い入るように見つめた。

 写真の中で堂々と自己表現する灰崎先輩の姿に、ぼくはいつの間にか、強く強く憧れるようになっていたんだ。