「ごめん、ぼくトイレ行ってくる」
食べ放題開始から一時間半後、おばさんからの途切れることのない肉攻めにお腹が限界を迎えて、ぼくは一度席を立った。通路側に座る灰崎先輩に少し避けてもらって、トイレに向かって通路を歩く。
お盆真っ只中ということもあって、店内は家族や親戚同士の集まりっぽい集団客で大賑わいだ。温かくて楽しげなその光景に、ぼくの心臓はきゅっと締めつけられる。
ぼくにはお母さんもお父さんもいない。おばさんは仕事が忙しいし、あんまり親戚付き合いがない家系なのもあって、愛媛に住んでいるおばあちゃんとおじいちゃんにも数えるほどしか会ったことがない。
だからこういう光景を見ると、本当はちょっと寂しい気持ちになる。もちろん絶対に、おばさんの前ではそんな素振り見せないけど。
――本当は嫌なこととか悲しかったこととか、俺にはちゃんと、言えばいいんじゃない。
前に先輩が言ってくれた言葉を思い出して、胸の痛みがふいに和らぐ。ああ、恵まれてるなって素直に思った。そうやって言ってもらえただけで、ぼくは十分に嬉しいんだ。
ぼくもいつか、こんな風に、誰かを温かい気持ちにすることができるのかな。
「……」
トイレを済ませて手を洗ってから、ぼくは壁際に寄って、ポケットからスマートフォンを取り出した。小説投稿サイトの作家メニューを開いて、今朝投稿したばかりの短編小説の閲覧数を覗いてみる。
閲覧数0。いいね0。コメント0。
……まあ、そう簡単に上手くはいかないよね。
わかってはいたけど、やっぱりちょっとがっかりする。今まで自分のためだけに書いていた小説を他の人に向けて公開するのは、ぼくにとっては、すごくすごく勇気のいることだったから。
「ニレ? なに見てるの?」
突然上から声が降ってきて、ぼくは思い切り肩を跳ねさせて驚いた。
その拍子に、手からスマートフォンが滑り落ちて床に転がってしまう。
「え? ヤバ、大丈夫?」
「あ……! いっ、いいです自分で拾います!!!」
声をかけてきた張本人の灰崎先輩が、のっそり身を屈めてそれを拾おうとしてくれたので、ぼくは慌てて制してその場にしゃがみ込んだ。
今スマートフォンの画面を見られたら、ぼくが小説をウェブ公開していることが先輩にバレてしまう。
「ニレの書く小説を読んでみたい」って言ってもらえたことはすごく嬉しかったけど、妄想のかたまりでしかない小説を現実の知り合いに読まれるのは、さすがにまだハードルが高すぎる。
「……画面、割れてない?」
「えっ? あ、はい! 全然! 全然大丈夫ですありがとうございます!」
これ以上突っ込まれたくなくて、スマートフォンを掴んだぼくは慌ただしく立ち上がり、不自然なくらいに勢いよく答えてしまう。
先輩はアーモンド型の目をスッと細めて、そんなぼくを納得いかなそうに見つめてきた。意外なほど鋭い視線に、ぼくの背中にじっとりと冷や汗がにじむ。
「あの……、ええっと……」
「……俺もトイレ。食べ放題、あと二十分だって」
やがて先輩はそう言い残して、ふいっと目を逸らしてトイレに入っていってしまう。
その背中がなんだか、ちょっと寂しそうに見えるのはなんでだろう?
ぼくはぽかんとその場に立ち尽くしてしまい、でもその答えは結局、わからなくて。
通りすがりの店員さんから不審そうな目を向けられたのをきっかけに、慌てておばさんの待つ席へと歩き出した。
食べ放題開始から一時間半後、おばさんからの途切れることのない肉攻めにお腹が限界を迎えて、ぼくは一度席を立った。通路側に座る灰崎先輩に少し避けてもらって、トイレに向かって通路を歩く。
お盆真っ只中ということもあって、店内は家族や親戚同士の集まりっぽい集団客で大賑わいだ。温かくて楽しげなその光景に、ぼくの心臓はきゅっと締めつけられる。
ぼくにはお母さんもお父さんもいない。おばさんは仕事が忙しいし、あんまり親戚付き合いがない家系なのもあって、愛媛に住んでいるおばあちゃんとおじいちゃんにも数えるほどしか会ったことがない。
だからこういう光景を見ると、本当はちょっと寂しい気持ちになる。もちろん絶対に、おばさんの前ではそんな素振り見せないけど。
――本当は嫌なこととか悲しかったこととか、俺にはちゃんと、言えばいいんじゃない。
前に先輩が言ってくれた言葉を思い出して、胸の痛みがふいに和らぐ。ああ、恵まれてるなって素直に思った。そうやって言ってもらえただけで、ぼくは十分に嬉しいんだ。
ぼくもいつか、こんな風に、誰かを温かい気持ちにすることができるのかな。
「……」
トイレを済ませて手を洗ってから、ぼくは壁際に寄って、ポケットからスマートフォンを取り出した。小説投稿サイトの作家メニューを開いて、今朝投稿したばかりの短編小説の閲覧数を覗いてみる。
閲覧数0。いいね0。コメント0。
……まあ、そう簡単に上手くはいかないよね。
わかってはいたけど、やっぱりちょっとがっかりする。今まで自分のためだけに書いていた小説を他の人に向けて公開するのは、ぼくにとっては、すごくすごく勇気のいることだったから。
「ニレ? なに見てるの?」
突然上から声が降ってきて、ぼくは思い切り肩を跳ねさせて驚いた。
その拍子に、手からスマートフォンが滑り落ちて床に転がってしまう。
「え? ヤバ、大丈夫?」
「あ……! いっ、いいです自分で拾います!!!」
声をかけてきた張本人の灰崎先輩が、のっそり身を屈めてそれを拾おうとしてくれたので、ぼくは慌てて制してその場にしゃがみ込んだ。
今スマートフォンの画面を見られたら、ぼくが小説をウェブ公開していることが先輩にバレてしまう。
「ニレの書く小説を読んでみたい」って言ってもらえたことはすごく嬉しかったけど、妄想のかたまりでしかない小説を現実の知り合いに読まれるのは、さすがにまだハードルが高すぎる。
「……画面、割れてない?」
「えっ? あ、はい! 全然! 全然大丈夫ですありがとうございます!」
これ以上突っ込まれたくなくて、スマートフォンを掴んだぼくは慌ただしく立ち上がり、不自然なくらいに勢いよく答えてしまう。
先輩はアーモンド型の目をスッと細めて、そんなぼくを納得いかなそうに見つめてきた。意外なほど鋭い視線に、ぼくの背中にじっとりと冷や汗がにじむ。
「あの……、ええっと……」
「……俺もトイレ。食べ放題、あと二十分だって」
やがて先輩はそう言い残して、ふいっと目を逸らしてトイレに入っていってしまう。
その背中がなんだか、ちょっと寂しそうに見えるのはなんでだろう?
ぼくはぽかんとその場に立ち尽くしてしまい、でもその答えは結局、わからなくて。
通りすがりの店員さんから不審そうな目を向けられたのをきっかけに、慌てておばさんの待つ席へと歩き出した。


