「うーん……」
八月十五日、正午。
ぼくは目の前のパソコンをじっと見つめながら、つい腕組みをして唸ってしまった。
明るく光る画面に並んでいるのは【タイトル】【キャッチコピー】【あらすじ】といった太い文字と、それぞれの蘭に自分で記入した明朝体の文章たち。あとは公開・非公開や連載中・完結済みといった、作品のステータスに関する細々とした選択肢など。
短編だから完結済みで、公開の設定でよくて、タグは……どうしよう。美少女じゃないし異世界じゃないしミステリーでもスカッとでもないし……。
え、なにこれ難しすぎない?
つい、心の中でツッコミを入れてしまう。さっきからもう三十分くらい、ぼくはずっとこの画面とにらめっこをしている。
今ぼくがいじっているのは、無料で作品を読んだり書いたりできる小説投稿サイトの作品情報登録ページだ。存在を知りつつも、読むことも書くこともなかったこのサイトに、ぼくは今朝ユーザー登録をした。
おばさんと灰崎先輩は、まっちゃんに近況報告をするために事務所に行ってしまった。ビデオ通話で話をするついでに、新作の生地やSNSでの売り出し方について相談するんだって。
だから今、ぼくは家に一人。
チャンスは今しかないって思った。
夏休みはなんだかんだ、先輩と家で過ごす日が多かった。毎朝の作業時間がそのままお昼前まで続いて、なんとなく二人で昼食を食べた後は、それぞれ漫画を読んだりお昼寝をしたり机に戻って作業の続きをやったり。
もちろん先輩は、勝手にぼくのパソコンを覗き込んでくるようなことは絶対にしないんだけど――でもやっぱり、人生で初めてのウェブ投稿は、一人の時に集中してやりたかった。
「よし……!」
静かな部屋に、ぼくのつぶやきがぽつんと響く。
タグとかキャッチコピーとか、よくわかんないけどもういいや。これ以上ここで止まってても仕方ないし。
ぼくは意を決して、えいやっと小説の公開ボタンをクリックした。
その後すぐに読者メニューに切り替えて新着小説の一覧を開き、自分の作品のタイトルが表示されているのを見てなんだか不思議な気持ちになる。
小説はずっと書いてたけど、こうやって誰かの目に触れる場所に公開するのは初めてだ。ぼくにとっての小説は他人に見せるものではなくて、自分の中の気持ちを閉じ込めておいたり、現実では到底叶わないような理想や妄想をかたちにしたりするための手段だったから。
でもこの前、海に行った時、先輩に「ニレはやらないの」って言われて……その言葉がずっと、頭の中から離れなくて。
ぼくはもしかしたら、誰かを助けられる人間になりたかったのかもしれない。「幽霊」なんて呼ばれてるけど本当は、そうやって誰かの役に立って、必要とされて、誰かの心を明るくできるような――ぼくにとっての灰崎先輩みたいな、そんな人間に。
「小説家」なんて、そんな大層な夢じゃないけど。先輩が言ってくれたみたいに、ぼくに「言葉の魔法」が使えるのだとしたら、それで誰かが少しでも笑顔になってくれたら、ぼくもすごく幸せだなって思ったんだ。


