淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

 更衣室を出ると、海水浴客で賑わった砂浜が視界いっぱいに広がった。その向こうには、もっともっと大きな海がどこまでも続いていて、ぼくは思わず歓声をあげた。

「すごい! やっぱ海って、めっっっちゃデカいんですね!」

 海に来たのなんて、何年ぶりだろう。おばさんはいつも仕事で忙しいから、ぼくはあまり遠出をしたことがない。一緒に遊びに行くような友だちもいないし。

 自分でもはしゃぎすぎだなって思うけど、口角が自然とニコニコ持ち上がってしまう。

「よかった。ニレが楽しそうで」

 そんなぼくを、灰崎先輩は優しい眼差しで見守ってくれる――お兄ちゃんみたいなその雰囲気がすごく嬉しくて、ぼくの目尻はよけいに、締まりなくデレデレと垂れてしまう。

「先輩、早く泳ぎましょうっ」

 はやる気持ちが先走って、ぼくは気づけば、先輩の手をぐっと掴んで波打ち際へと駆け出していた。普段だったらこんな大胆こと絶対にできないけど、今日はなんだか、海に来た開放感で気が大きくなってるみたい。

「……! ニレ、あんまり走ると危ないよ」
「大丈夫ですって!」
 
 困った感じで眉を下げる先輩をなだめながら、ふかふかの砂の感触を足裏で楽しむ。蒸し暑い風が頬を撫でて、強くて眩しい日差しが、ぼくの目に映る景色全部をキラキラ輝かせる。

 ばしゃんっと海水に踏み込むと、白い水飛沫が勢いよく立ち上って、足先からふくらはぎまでが一気に冷たくなった。外が暑いから、すごく、すっごく気持ちがいい。

「わ、気持ちいい。先輩、浮き輪貸してください。もうちょっと深いところまで行ってみましょうよ」

 先輩が持ってくれていた浮き輪に向かって手を伸ばすと、ぼくと同じく膝下くらいまで海水に使った先輩が突然、ふはっと小さく吹き出した。

「すごい、ニレ、めちゃくちゃはしゃぐじゃん」

 先輩の指摘に、ぼくの頬は恥ずかしさで熱くなる。

「すみません。実は海、あんまり来たことないんです」
「あはは、俺もだよ。母さん仕事忙しいからね」

 ――だから今日、ニレと来れてよかった。

 浮き輪を水面に浮かべながらそう言って、先輩は小さく微笑んだ。

 びっくりするくらい柔らかくて綺麗なその笑顔に、ぼくの心臓はぎゅうっと痛いほどに締めつけられる。

「ぼっ、ぼくもです!」

 いつもだったら多分、ドギマギして終わりなんだけど。

 今日はなんだか、自分の気持ちを口にしてみようって思うことができた。普段と違う場所だし、先輩もぼくと同じだったって知ることができたからかな。

「先輩と一緒に来れて嬉しいです。誘ってくれて、ありがとうございます……っ」

 寄せては返す波の中、ぎゅっと目をつむって言い切ってみる。

「……ん。こっちこそ、一緒に来てくれてありがと」

 そう言われて、恐る恐るまぶたを開けて顔を上げると、先輩は長い指先で口元を覆ってそっぽを向いていた。耳が赤いから、照れているんだと思う。

 ……この人は本当に、ずるいくらい可愛いなあ。

 つられて赤くなりながら、ぼくはそんな風に、しみじみと驚いてしまう。