淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

 ぼくたちの海行きは、夏休みに入ってすぐの土曜日に決行された。持ち物は水着と浮き輪、それからコンビニで買ったサンドイッチとスポーツドリンクとスナック菓子、などなど。

 家の最寄りから電車に揺られて、けっこう有名な観光地になっているビーチを目指す。

「そういえばニレ、赤点回避おめでとう」

 混み合った電車の中、長い腕で吊り革に掴まった灰崎先輩がぼくを見下ろして言う。「ありがとうございます」って返しつつ、ぼくは苦笑いだ。

 結局、海行きが決まった後も、ぼくはかなり先輩の手を煩わせてしまった。お陰で全教科、なんとか赤点は回避できたけど、先輩の受験勉強に多大な迷惑をかけてしまった気がして、ぼくは未だに少し落ち込んでいる。

「ほんと、もっと勉強しなきゃ駄目ですよね。朝とかも小説なんか書いてないで、先輩みたいに自主勉強したり」
「……それは、やめなよ」
「え」

 思いの外しっかりと否定されてしまい、ぼくは驚いて小さく声を上げた。

 外出用のマスクの上、すっきりとした目を少し細めて、灰崎先輩はぼくを見下ろしている。

「朝とは別に時間作って勉強しなよ。絶対それがいいよ」

 けっこう真剣な表情で先輩は言い切った。その静かな気迫に負けて、ぼくは若干戸惑いつつも、なんとなくうなずいてしまう。

「ニレはいつも、どんな話書いてるの?」
「え……っ」

 続けて一番困る質問を投げかけられて、ぼくは焦りまくって目を泳がせた。まさか、「先輩との間にあった出来事を日記みたいにお話にしてるんです」なんて、口が裂けたって言えるわけがない。


「え、ええっと……すっごいくだらない話ですよ」
「たとえば?」
「たとえばっ?!」

 そんな風に食い下がられてしまい、ぼくの脳内はパニックだ。過去に書いた短編もたくさんあるはずなんだけど、その場ですぐに思い出すこともできなくて心の中で頭を抱える。

「な、内緒です」
「えー」
「その、恥ずかしいんで……」

 思い出せるとか思い出せないとか関係なく、これは本心だ。

「でも俺はいつか、ニレの小説読んでみたいよ」

 柔らかな視線で見つめながらそう言われて、ぼくはドギマギとうつむいてしまう。先輩に小説を見せる気なんて全くないんだけど、自分の作品を「読みたい」って言ってもらえるのは、なんだか思っていたよりも嬉しかった。