そのまま授業終了時間間際まで、先輩はよく眠っていた。ぼくは先輩を起こさないように、スマートフォンすらいじらずにその場に座っていた。
普通だったら退屈に感じるはずのその時間も、隣に先輩がいるってだけで、人生で一番ってくらいに幸せだった。幸せすぎて、木の葉の間から覗く青く澄んだ空を見上げながら、こんなに嬉しいことばっかりでいいのかなって少し不安になる。
嬉しいのに心配で、心配だけどやっぱり嬉しい。恋ってすごい。
ぼくの初恋は灰崎先輩だから、これが普通なのかどうかはわからない。恋の実らせ方も、相手の気持ちを知る方法も、ぼくは本当になにもわからない。
でもなぜか、焦る気持ちはあんまりない。ただ先輩が好きって、そう思えているだけで、なんだかぼくは十分に満たされているんじゃないかって気持ちになるのは、先輩がすごくステキで可愛い人だからなのかな。
そんな風に考えながら、ぼくもいつの間にかうとうとしていたみたいだ。
ピコンっ、という電子音に驚いて、ぼくははっと目を開いた。
音の出どころは、ぼくと先輩の間に置かれたスマートフォン。先輩のもので、画面が上のまま置いてあって、ロック画面に表示されたメッセージアプリの通知が見えてしまう。
メッセージの送り主は――【ニューワールドプロダクション】。
その名前を見た瞬間、ぼくの心臓は大きく跳ねた。だって、ニューワールドプロダクションって確か、有名なモデルやタレントをたくさん輩出している芸能事務所だ。
あんまり見るのはよくないってわかりつつ、アイコンに続くメッセージの本文に注目してしまう。だけどちゃんと内容を読む前に授業終わりのチャイムが鳴って、肩に乗った先輩の銀髪がむずがるようにもぞもぞと動く。
「ん……? ニレ、今何時」
「あ――もうそろそろ、四限の時間です」
「そう」
肩ありがと、と小さく微笑んで、灰崎先輩は外していたマスクをポケットから取り出した。そのまま身につけ、自分のスマートフォンを回収して立ち上がり、動けずにいるぼくを見下ろして「ニレ?」と首を傾げる。
「行かないの?」
さらっと流れた銀髪が、夏の木漏れ日にキラキラ光る。逆光でもわかる小さな顔と、綺麗なアーモンド形の目。白い肌と長いまつ毛。
そっか、そっかあ、ってぼくは妙に納得してしまう。そうだよね。先輩はこんなに綺麗でカッコよくて、実際にモデルもやってるんだから、芸能人になってもおかしくないよね。
頑張ってほしいなって、心の底から思う――なのに、なんでだろう。
ちょっと寂しいかも、なんて。
……ぼくなんかがそんな風に思ってしまうのはきっと、本当に烏滸がましいことだよね。
「ニレ」
もう一度呼ばれて、ぼくは慌てて立ち上がった。
「すみません」ってすぐに謝って精一杯笑い返したけど、ちゃんと笑顔になれていたかどうかは、自分でもよくわからなかった。
普通だったら退屈に感じるはずのその時間も、隣に先輩がいるってだけで、人生で一番ってくらいに幸せだった。幸せすぎて、木の葉の間から覗く青く澄んだ空を見上げながら、こんなに嬉しいことばっかりでいいのかなって少し不安になる。
嬉しいのに心配で、心配だけどやっぱり嬉しい。恋ってすごい。
ぼくの初恋は灰崎先輩だから、これが普通なのかどうかはわからない。恋の実らせ方も、相手の気持ちを知る方法も、ぼくは本当になにもわからない。
でもなぜか、焦る気持ちはあんまりない。ただ先輩が好きって、そう思えているだけで、なんだかぼくは十分に満たされているんじゃないかって気持ちになるのは、先輩がすごくステキで可愛い人だからなのかな。
そんな風に考えながら、ぼくもいつの間にかうとうとしていたみたいだ。
ピコンっ、という電子音に驚いて、ぼくははっと目を開いた。
音の出どころは、ぼくと先輩の間に置かれたスマートフォン。先輩のもので、画面が上のまま置いてあって、ロック画面に表示されたメッセージアプリの通知が見えてしまう。
メッセージの送り主は――【ニューワールドプロダクション】。
その名前を見た瞬間、ぼくの心臓は大きく跳ねた。だって、ニューワールドプロダクションって確か、有名なモデルやタレントをたくさん輩出している芸能事務所だ。
あんまり見るのはよくないってわかりつつ、アイコンに続くメッセージの本文に注目してしまう。だけどちゃんと内容を読む前に授業終わりのチャイムが鳴って、肩に乗った先輩の銀髪がむずがるようにもぞもぞと動く。
「ん……? ニレ、今何時」
「あ――もうそろそろ、四限の時間です」
「そう」
肩ありがと、と小さく微笑んで、灰崎先輩は外していたマスクをポケットから取り出した。そのまま身につけ、自分のスマートフォンを回収して立ち上がり、動けずにいるぼくを見下ろして「ニレ?」と首を傾げる。
「行かないの?」
さらっと流れた銀髪が、夏の木漏れ日にキラキラ光る。逆光でもわかる小さな顔と、綺麗なアーモンド形の目。白い肌と長いまつ毛。
そっか、そっかあ、ってぼくは妙に納得してしまう。そうだよね。先輩はこんなに綺麗でカッコよくて、実際にモデルもやってるんだから、芸能人になってもおかしくないよね。
頑張ってほしいなって、心の底から思う――なのに、なんでだろう。
ちょっと寂しいかも、なんて。
……ぼくなんかがそんな風に思ってしまうのはきっと、本当に烏滸がましいことだよね。
「ニレ」
もう一度呼ばれて、ぼくは慌てて立ち上がった。
「すみません」ってすぐに謝って精一杯笑い返したけど、ちゃんと笑顔になれていたかどうかは、自分でもよくわからなかった。


