淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い


 ガコン、と音をたてて、取り出し口にアイスの袋が落ちてくる。ぼくが先輩に連れてこられたのは体育館裏、部室棟近くのアイスの自動販売機の前だった。

「はい」

 手に取った二個セットのアイスを一つずつにして、先輩はぼくの分を手渡してくれる。

 ぼくは「ありがとうございます」とお礼を言いながら、慌ててそれを受け取った。中身を吸いながら食べるタイプのアイスで、シャーベット状の本体は、食べ始めるにはまだ固い。

「あっちの方、人いないから。行こ」

 そう言って歩き始める先輩の後を、ぼくはひょこひょこついて行った。少し溶かすように、もらったアイスを手のひらで揉みながら、心臓の鼓動はトクトクと速い。

 今日あった色んなことに、頭がまだ追いついていない。水泳終わりの色っぽい先輩が見れて、話せて、心配してもらえて。それだけじゃなくて頭を撫でてもらえて、一緒に授業をサボってアイスまで食べれるなんて。

「先輩は授業、いいんですか」
「受験対策で自主勉。プールの後なんて眠くて身が入らないよ」

 真面目なだけじゃない先輩の一面を知れて、ぼくの胸はさらに高鳴った。後で小説にも書けるように、頭の中のネタ帳を開いて、今日味わったドキドキをしっかり書き留めておく。

 そのままぼくたちは、敷地を囲うように植えられている銀杏の木と部室棟の間に並んで腰を下ろした。部室棟側の地面が途中までコンクリートになっていて、頭上の枝葉が強すぎる夏の日差しを程よく遮り、フェンスの向こうはほとんど人が通らない細道。忙しない学校の敷地内なのに、なんとなく「二人きり」みたいな気持ちになる不思議な場所だ。

 お互いに自分のアイスを食べ始めたはいいものの、ぼくはなにを話せばいいか思いつかなくて、先輩の方から話しかけられることもなくて、しばらく沈黙が続いた。だけど不思議と、居心地が悪い感じはあまりしなかった。

「……あと三十分か」

 風に揺れる木々の葉の音やグラウンドの方からもれ聞こえてくる笑い声にぼんやり耳を傾けていると、スラックスのポケットからスマートフォンを取り出した先輩が小さくつぶやいた。

「ニレ、肩貸して」

 なにか答えるよりも先に、鼻先に微かな塩素が香る。

 気がつけばぼくの右の肩には、まだ少し湿った先輩の銀髪頭が、そっと体重を預けるように乗せられていた。

「……?! ……っ、…………!」

 ぼくは完全にテンパってしまって、驚きの声すら上手く発することができない。さっきからずーっとうるさかった心臓の鼓動が、もういよいよ死ぬんじゃないかなってくらいに加速する。

「せ、先輩っ! あの、その。ええっと……」

 ようやく声を出せた頃には、スーッと穏やかな寝息が聞こえてきた。

 そうなってしまえば、わざわざ起こすわけにもいかなくて。ぼくは体できるだけ身じろぎをしないように、きゅっと体を固くした。

 ただよってくるアイスの甘い香りは、先輩のものかぼくのものか。そんなこともわからなくなるくらいに距離が近い。本当に、先輩急に、どうしちゃったんだ。

 ……もしかして、先輩もぼくと同じ気持ちなのかな?

 一瞬頭をよぎった甘い期待を、いやいやいやって慌てて打ち消した。だってそんな、こんなキラキラした人が、ぼくのこと好きなんてあり得ない。

 第一、灰崎先輩は、マスク無しじゃ知らない人と話せないくらいに緊張しいなんだ。先輩が本当にぼくのことを好きなんだったら、こんな大胆なことは逆に、できないはず……!

「ニレ」ってぼくを呼ぶ先輩の、飼い猫を呼ぶみたいな口調を思い出すことで、ぼくは必死に自分の心臓をなだめた。先輩にとって、ぼくはペットとおんなじ。眠い時に頭を預けられるくらいには気を許しているだけの、ただの後輩。

 こんな風にドキドキさせられて、振り回されて。ぼくにとっては先輩の方が猫みたいだけど。

 でも文句なんて絶対に言えない。ペットだろうと、ただの後輩だろうと、普段そっけない先輩がぼくの前でだけ色々な表情を見せてくれるのはやっぱり、すごくすごく嬉しいから。