淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

「今日はどうしたんですか? おばさん、またなにか言ってましたか?」

 学校を出て街中を歩きながら、ぼくは隣の先輩に尋ねてみる。先輩がわざわざぼくの教室まで来るなんて、この前みたいに、またぼくがおばさんの連絡を無視しちゃったからなのかなって思ったから。

 まあ一応、ぱっと確認した感じでは、なんのメッセージも着信も入っていなかったんだけどね。

「違うよ。俺がニレと帰りたかっただけ」

 そんなぼくの質問に、夏の日差しに銀髪をきらめかせながら、先輩はさらりと答えた。驚いて顔を上げるぼくに向かって、普段は涼しげな目元を、きゅっと惜しみなく細めて笑いかけてくれる。

「っ?!?!?!?!」

 その破壊力、一億万点くらい。灰崎先輩がこんなにわかりやすく笑っているところを、撮影以外で初めて見た。

「……あの、」
「ん?」
「ちょっとぼくのほっぺ、つねってもらっていいですか?」

 あまりの衝撃に、ついに自分が妄想と現実の区別をつけられなくなったのかと焦ってしまう。つねって確かめるにしたって、自分でやっただけじゃ不安だから、ここはなんとしてでも先輩の力を借りたい。

「え? なんで」
「なんでもです。大事なことなんです。今すぐに、思いっきり、お願いしますっ」

 ぼくの勢いに気圧された先輩が、立ち止まって困り顔で両手を伸ばしてくる。ぼくも立ち止まって先輩と向かい合い、来るべき衝撃に備えて、ぎゅっと目をつむって心の準備をする。

 頬に触れた先輩の指先は、思いの外ひんやりと冷たかった。あ、きもちー、とか思いつつ、あれぼく、これもしかして、またなんかけっこう大胆なことをお願いしてしまったんじゃないかと気づいて、若干焦る間にもムニムニもにょもにょ……。

「あのう」
「ん?」
「なにしてるんですか?」
「揉んでる」
「……はい?」
「ニレの可愛いほっぺをつねるなんてできない。だからとりあえず揉んでる」
「?!」

 またもや、衝撃。え? 今先輩、ぼくに向かって「可愛い」とか言った?

 ずささって効果音がつきそうなくらい勢いよく後ずさりして、ちょっとズレたメガネを直しながら、ぼくは改めて先輩を見上げた。目が合った瞬間、先輩のグレーがかった瞳は、ふいっとすぐに逸らされてしまう。

「そんなことより。帰り道にあるカフェ、新作のフラッペ出てたよ。飲んでから帰ろうよ」

 先輩が、赤くなった耳を引っ張りながらぽそりとつぶやく。珍しすぎる誘いに、ぼくの心臓はどきんと跳ねる。

 なにこれなにこれ。どんな状況?

「……嫌?」
「なわけないです! 光栄ですっ」

 ビシッと背筋を伸ばして咄嗟に答えると、先輩はふっと息を抜くようにして優しく微笑んだ。そのあまりの美しさに、ぼくはドキドキしすぎて、もうこのまま死んじゃうんじゃないかと不安になってくる。

 なんか今日の先輩、心の距離近めじゃない?

 急にどうしたんだろう。もちろんめちゃくちゃ嬉しいから、ぼくとしては全然、構わないんだけど……。