帰りのホームルームが終わると、教室はとたんに騒がしくなった。「今日どうする?」「カラオケ行こ」「あそこのカフェ、今新作のフラペチーノ出てるよ!」なんて楽しそうな話をしながら、クラスメイトの女子たちがぼくの席の脇を走り抜けていく。

 サッカー部とか野球部は、クラスの部員全員で固まって移動する。肩を組んだり荷物持ちを決めるジャンケンをしたりしながら笑い合う顔は、皆キラキラ輝いていてなんだかステキだ。

 ぼく――(にれ)なぎさは、そんなクラスメイトたちの姿をこっそり見ながら、スクールバッグの中身を確認する。

「よし……わっ」
「きゃっ!」

 持ち手を肩にかけて、自分の席を離れようとした時だった。すぐ後ろの席で盛り上がっていた女子グループの一人と肩がぶつかって、ぼくは思わず振り返った。

「ごっ、ごめんね。ええっと、……」
「いいよ。その、こっちこそごめん」

 そそくさと謝ってその場を立ち去ると、背後から明らかにほっとした感じのため息が聞こえてきた。ぼくとぶつかった女子が、同じグループの女子たちに向かってこそこそ話す声が、そのまま続けて耳に届く。

「えーっと、なんて名前だっけ」
「なんかほら、難しい漢字じゃなかった?」
「確か野菜に似てて……ニ、ニ……ニラ、じゃなくて」
「わかった! (にれ)くんだよ!」

 そうだそうだと、女子たちが口々に言い合う。思い出せたことが嬉しかったのか、声のトーンを大きくして話題が続く。

「なんかさ、ほんっとうに覚えられないんだよね。名前もだし、顔とか服装とか、なんでかこう、何度見てもぼやーっとするっていうか」
「めっちゃわかる。いるのにいないみたいっていうか、ね」
「いやもう、マジで幽霊じゃんそれ!」
「まって、幽霊はやばい! 超酷いけどめちゃ言えてる!」

 ……あのう、めちゃくちゃ聞こえてますよ、なんて。

 そんなこと絶対に言えないのが、ぼくの性格。

 だってぼくは眼鏡だし、地味だし、背も低いし顔もよくないし。昔からよく人にぶつかられるし、名前はほとんど覚えてもらえない。

 影が薄いのは本当のこと。だから幽霊って言われて傷ついても、心のどこかで「上手に例えたなあ」とか思ってしまう。

 いっそのこと本当に幽霊だったら、もうちょっと人生楽しいのかもしれない。授業受けなくていいし、遊園地とか行き放題だし、いつもはすぐ逃げられちゃう野良猫にもいっぱい触れる。一緒にお昼寝とかできる。

 うわあ、いいなあ。その生活。

 昇降口に向かって廊下を歩きながら、ぼくの口元は思わず緩んでいた。ちょうど今書いている小説が終わりそうだから、次は幽霊が主人公の話を書こう。