淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

 灰色の曇り空の下を、肺が痛くなるくらい全速力で走った。スタジオは、おばさんが仕事をしている事務所を過ぎて、そこから更に十分くらい行ったところにある。

 建物内に入ったぼくは、「リンデン」がいつも使っている部屋の扉を思わず勢いよく開けてしまった。眩しい照明の光と一緒に中にいた大人たちの視線が突き刺さって、かっと頬が熱くなる。

「あっ……、きゅっ、急に開けてすみません。その、ぼく、灰崎先輩にこれを届けにきて」

 鞄にしまう時間すら惜しくて、ずっと手に持ったままだった水筒を掲げる。すると、奥の方でカメラマンと話していた三十代くらいの女性が近づいてきて、優しい声でぼくに事情を確かめてくれた。

「君確か、時子さんの甥っ子さんよね。御仁くんとはお友だち?」
「あっ、はい!」

 勢いでうなずいてしまってから、先輩とぼくって友だちなのかな? ってちょっと考える。友だちだったらいいな。先輩がどう思ってくれているかはわからないけど。

「御仁くん今日、あんまり調子がよくなくて。今メイクルームで休憩してるから、よかったら顔出してあげてくれる?」

 少し戸惑いながらうなずくと、女性は部屋の隅のメイクルームを案内してくれた。そのまま促され、ぼくは恐る恐る、目の前の扉を開ける。

「失礼しまーす……? 灰崎先輩、大丈夫ですか?」

 先輩は部屋の隅で、膝を抱えてしゃがみ込んでいた。身につけているのは、マロン色をベースにした膝上丈のワンピースだ。

 足元は深い茶色のタイツと、コロンとした丸いつま先が可愛らしい厚底のパンプス。たっぷり広がるパニエを無理矢理抱え込んでいる先輩の手には、白いレースの手袋がはめられている。

「先輩、先輩。聞こえてます? 紅茶持ってきましたよ。その格好、足しびれませんか? とりあえず椅子に座りましょうよ」

 服が汚れないよう、お尻をつけずにかがみ込んでいるのが心配で、ぼくは先輩の腕をやんわり引っ張った。すると先輩はようやく顔を上げて、アイシャドウでキラキラに彩られた目をぼくに向ける。

「ニレ……? なんでニレがここにいるの」
「おばさんに頼まれて、水筒持ってきたんです」
「……! ありがとうっ」

 ぼくがもう一度説明して水筒を見せると、先輩は今にも泣き出しそうな顔でそう言った。