淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

 次の日の朝もいつも通り、ぼくと先輩はダイニングの机で向かい合って、それぞれの作業をした。

 淹れたての紅茶の湯気の向こう、先輩は今朝は英語の問題集を解いていた。先輩の書く字はアルファベットも綺麗で、さすがだなって思う。

 ぼくはといえば、ちょうど二週間前に幽霊が主人公の短編小説を書き終えて、新しい話の執筆を始めたところだ――とある平凡な女子高生のクラスに突然、モデルをやってる男の子が転校してきて、仲良くなっていくラブコメディ。

 ……ありきたりだよなあ。っていうか、自分の願望が漏れすぎだよね。

 男の子のモデルは、もちろん灰崎先輩だ。

 先輩のキュンとした仕草とか表情とか言葉とかを、ぼくは忘れたくなかった。でも普通に日記だと、なんだか恥ずかしくて。

 それで、せっかくだから小説で書いてみようと思った。カタログで初めて先輩を見た時の衝撃とか、真っ赤になる先輩がどうしようもなく可愛く見えたこととか、「喋るのは、ニレといる時だけ」って言ってもらえたこととか。

 小説で書き始めてよかったなって、二週間経った今、ぼくはすごく思ってる。作品の中に閉じ込めておいた気持ちは、文章を読み返すたびにぼくの中で鮮やかに蘇って、何度でもぼくの心臓をドキドキさせてくれる。

 それに、これは小説だって思えば、どんな都合のいい妄想でも叶えることができた。もし先輩が同じクラスにいたら? もしぼくが女の子で、もっと堂々と好きな人にアピールできる性格だったら? もし……もし先輩も、ぼくのことを好きだと思ってくれていたら。

 本当と妄想をごちゃごちゃに混ぜて。ぼくの話なのに、ぼくじゃないみたいな、そんな理想の物語を書いて読むのが最近はすごく楽しい。ありきたりだし、誰かに見られたら恥ずかしくて絶対に死んじゃうけど。でもこれは、最初からぼくだけが読む物語なんだし。

「ニレ、なにニヤニヤしてるの?」

 突然声をかけられて、ぼくは「えっ」と大きな声を出して驚いてしまった。そんなぼくを見て、「驚きすぎ」と灰崎先輩が薄く笑う。

「ニレっていつも楽しそう」
「そ、そうですか?」
「うん。いいと思う。でもさ」

 大丈夫なの?

 シャープペンシルの動きを止めた灰崎先輩にじっと見つめられて、ぼくはきょとんと目を見開いて固まってしまった。