淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

 先輩を好きになってから一ヶ月、こんな風に些細なことでもドキドキしてしまって、ぼくは少し驚いている。同じ家で過ごす朝も夜も、こうしてふとした拍子にすれ違えるかもしれない昼も、ぼくの世界はキラキラになった。

 先輩と一緒にいるってだけで、いやもう、もはや先輩に会えるかもしれないってだけで、足取りが軽くなってスキップしてしまいそうになる。メガネで地味な男がスキップなんて、絶対不審者になるから我慢してるけど。

「……あのー」
「なに」
「どこまでついてくるんですか?」

 教室の方に向かいながら、ぼくは隣を歩く先輩に尋ねる。自動販売機のところで助けてもらってからずっと、先輩はなぜかぼくについてくる。

「どこまででも」
「はい?」
「ニレは、どこで昼食べるのかなって思って」

 ぽかんと口を開けて灰崎先輩を見返すと、グレーがかった瞳の奥が少しだけ、イタズラっぽく煌めいたように見えた――他の部分の表情はほとんど変わらないのに、ぼくはそれだけで、「あ、今ちょっかいかけられてるんだ」って気づいてしまって。

 そんな風にどんどん先輩に詳しくなっていく自分のことが、なんだか無性に嬉しくなる。

「ぼくはいつも教室で一人で食べてるだけなんで。面白くもなんともないですよ」
「そう? じゃあ俺と同じだ」
「えっ!」

 あまりの衝撃に、思わず大きな声で驚いてしまった。

「先輩もぼっちメシなんですか」
「そんな驚く?」
「てっきり、教室の一軍グループで大量のキラキラ女子とイケイケ男子に囲まれてるのかと……」
「いや、そうはならないでしょ。俺基本学校で全然喋らないよ」

 ――喋るのは、ニレといる時だけ。

 突然放たれた爆弾発言に、ぼくは勢いよく先輩を振り仰いだ。

「そんな驚くこと? 俺知らない人無理だもん」

 目を思い切り見開いたぼくを、先輩はあっけらかんとした顔で見返してくる。

「……さっきは、自販機の前で見知らぬ女子に声かけてませんでした? しかもマスク外して」
「そりゃ、超頑張ればできるよ? 自分から話しかける方なら、気持ちの準備ができるからまだマシ」

 俺にも色々あんの、と先輩は言う。「そうですか」と返しつつ、ぼくの体はじわじわ熱くなる。

 ――先輩今、「超頑張れば」って言った。つまり先輩はさっき、ぼくのために「超頑張って」くれたんだ。

「ニレといる時だけ」とか「超頑張れば」とか。

 なんだか期待してしまいそうなセリフの数々は、今先輩とぼくが同じ家に住んでいて、一緒に過ごす時間が長いからこそのものだってわかっているけど。

 ……めちゃくちゃ嬉しいことに、変わりはないんだよなあ。

 ついニヤけてしまった口元を隠したくて、ぼくはうつむく。

 そうして訪れた沈黙に、外で降る雨の音が染み込むように響く。