淡白なロリータ先輩はぼくにだけ柔い

 五月初めの朝五時半、外はまだ薄暗い。ぼんやりとした朝日が差し込むテーブルで、ぼくはカタカタとパソコンをいじる。

 手元のマグカップからは上品な紅茶の香りがただよい、ほかほかと温かそうな湯気がのぼっている。それを持ち上げ、口に含んで一息つくと、前の席から「ニレ」と呼ばれた。

「ニレ、おばさん今日は帰ってくるの」
「えっ」

 話しかけられたことに驚いて思わずどもってしまうと、薄灰色の瞳にじっと見つめられた。綺麗なアーモンド形の目だ――白い肌に、長いまつ毛。さらっとした質感の少し長めの銀髪に、視線を縫い止められて離せなくなる。

「ニレ?」

 目の前の美しい男が、気ままな猫みたいに小さく首を傾げる。その仕草にぼくの胸はぎゅっとなって、ただでさえトクトクと速まっていた鼓動が、外まで聞こえるんじゃないかってくらいドキンと大きく脈打った。

「きょ、今日は帰ってくるって言ってました」
「そう? じゃあ買い物はいらないね」

 男は――灰崎御仁(はいざきみひと)先輩は、そっけなく応じて自分の手元に視線を戻した。ちらりと見えるのは三年生用の数学の問題集。なんだか難しそうな数式の横に、細く整った字がスラスラと書き込まれていく。

 五秒くらいその様子を盗み見た後、ぼくも自分のパソコンに視線を戻して作業を再開した。目の前の明るく光る画面には、ぼくがキーボードを打つたびに、ぽつぽつと小さな文字が増えていく。

 このパソコンは、身寄りのないぼくを育ててくれているおばさんのお下がりだ。毎朝五時に起きて支度をすませ、温かい紅茶を淹れて、五時半くらいから他愛のない物語を書くのが中学生の頃からのぼくの日課だった。

 淹れる紅茶が二人分になったのは、ほんの一ヶ月前のこと。高校に入って初めての始業式の日から、ぼくは灰崎先輩と一緒に住んでいる。

 灰崎先輩が家に来るって知った時、ぼくは心の底からびっくりした――だって灰崎先輩は、ぼくがずっとずっと憧れていた人だったから。

「ニレって、紅茶淹れるの上手いよね」

 小さくつぶやいた灰崎先輩が、口元にやったマグカップの奥からぼくを見る。

 その、学校では滅多に見せない柔らかいまなざしに、ぼくは自分の頬が一気に熱くなるのを感じた。