「のう、ラムセス師。執筆とはとかく孤独な作業である、などと巷間言うようであるが、それは真であろうか? 吾輩には、キーボードの上で踊っておれば良いだけに思えるのであるが……」
吾輩の深遠なる問いに、珍しくラムセス師は意表を突かれた顔をしておったな。
「うむ、ハルボーイ。おぬしが思うておる以上に執筆というのはとにかく孤独な作業でな。例えるなら、そうさなあ……」
かつてハリウッドなる刻印がなされた連山の麓で、ミズキンと同じ脚本家なる種族と暮らしていたというラムセス師は、いつになく厳かな口調でそう言った。
「独房入りを自ら志願するようなものであるな。しかも、いつ刑期が終わるかは誰にも分からぬ」
なるほど。では吾輩の城の二階にあるあの書斎なる本棚と長机しかない隔離部屋は、さしずめミシマ氏とミズキンにとっての独房であるのだろうな。
「当時、一緒に暮らしておった男はハリウッドお抱えの脚本家であってな」
「……ハリウッド?」
「ハリウッドでは、良く書けた脚本は宝物のように扱われる」
初めて師の説明を聞いたときは、ハリウッドなる彼の地は、まさに脚本家にとっての理想郷に思われたものである。だが、話を聞くうちに、その想像は大いなる間違いであることに気付いた。宝物のように扱われる脚本は万に一つもなく、多くはペンとインクを原料に製造された一山いくらのゴミ屑であるという。
脚本は映画産業の生存に不可欠であるのに、脚本家は軽んじられるという不条理。
ゴミ屑判定された脚本は即座に捨てられ、運よく生き残った脚本とて勝手に改変され、脚本家は知らぬうちに解雇される。スタジオ専属の弁護士団が、脚本家に報酬が支払われないように策を講じる世界。
それがハリウッドというシステムの全容であるらしい。
「ハリウッドは上辺と本音と建前の世界であるから、繊細なアーティスト・タイプの脚本家は総じて幻滅するようにできていてなあ」
ハリウッドは“金”を儲けるために存在している。
この業界は利益創出を最大の目的とした巨大企業の集合体で、その主力商品である映画を製作し、配給し、劇場・その他の場所・形態で上映するために巨額の資本を投資する。
端的に言えば、これは“商売”であって、“芸術”ではない。
――というのがラムセス師の見解である。
「企画開発の重役は総じて高給取りであるが、その天井知らずの月給を正当化するために、直さなくてもよい脚本を“改良”しなくてはならないと真面目に信じておる」
なんと無茶苦茶な話であろうか。
「壊れていなければ、修理するな。世間にはそういう格言があるが、ハリウッドの上役には通じんね。“壊れていなければ、壊して直せ!”がモットーであるからな」
脚本が採用されて始まる企画の開発期間が“開発地獄”と呼ばれる由縁であるらしい。
「脚本家はティッシュみたいに使われて、丸めて捨てられる世界なのさ」
ラムセス師が生活を共にした男の名はハリー。
ハリウッド・ウォーク・オブ・フェ―ムにある“脚本家の星”に、映画カメラのシンボルと共にその名が刻まれているそうだ。
「ハリーが最期に言うておったよ」
ラムセス師はどこか遠い目をした。
「我々猫族は、子猫時代はみな青い虹彩をしているだろう? Kitten blueというらしいな」
イエロー、ゴールド、オレンジ、グリーン、アクア、ブルー。
吾輩たち猫族の目は宝石のように様々な色を宿すが、子猫時代はみんな青い虹彩である。
「才能があるかどうかというのは、青い目をもっているかどうかというのと同じ。目が青いというだけでその人を尊敬するわけではない。私は、自分の才能で何かを成し遂げる人を尊敬するよ」
ハリウッドで脚本家として生きたハリーは、ラムセス師にそんな言葉を伝えたそうだ。
師の目は、濁り一つない青白い光を放っていた。
「物書きは、書くこと以外には何をやっても決して満足できない生き物だ。書くのが好きだから書いているのだ。書かずにはいられないから書いているのだ」
ラムセス師はハリーと過ごした日々を思い出しているのだろうか。
きっとそうであろうの。そうであって欲しいの。
「自分が物書きかどうかは、物書きなら自分で知っているものだ。……そうだろう?」
確かに、その通りであろうと思う。
ミズキンもミシマ氏も、間違いなく物書きに類する人間であろう。
「キツいと思ったら、君がちゃんとやっている証拠だよ」
ラムセス師は賢人の如き口調で、低く呟いた。
「肩の力を抜いて。書いて、遊んで。書いて、食べて。書いて、笑おう。書いて、愛して。書いて、寝て。それを毎日繰り返すんだ。ハリーもそうやって生きていたよ」
そういえば、吾輩にも青い目の時代があったのお。
今では光り輝く金色の目であるが。
「美月嬢にそう伝えておいてくれ。なあ、ハルボーイ」
しかと承り申した。吾輩、人語を操れるようになりし日が来たれば、一言一句誤またずして、師の言葉をミズキンに伝えたるべく候。
「脚本の出来を酷評され、勝手に内容を改変された挙句、脚本家のポジションから降ろされたりしたとしても……」
ラムセス師が遠い目をして言葉を継いだ。
「自分を解雇した重役やプロデューサーのポルシェのタイヤを引き裂いたり、マリブの別荘に火を点けたりはせぬ方がよいな。狭い世界であるからな」
ミズキンはよもやそんなことはせぬと思うが。師の相棒であるハリーはそのような行動を選択したのであろうか。だとしたら、少々エキセントリックな脚本家であるな。
「そんな時こそニコニコ笑って受け流すのだ。喧嘩別れはなるべくしない方が良い」
傾聴に値するアドバイスであるな。これもまたミズキンに伝えようぞ。
「プロの脚本家がプロになる過程で身につけるに至った習慣のひとつ。それは、気分を害さずに批評を喜んで受ける、ということに尽きる。あくまで笑顔を装ってプロとして振る舞うんだ。そして、家に帰ってから泣くなり、皿を壁に投げつけるなりすればいい」
まさしく、ミズキンもそのように振る舞っておるよ。ミシマ氏と違って、基本的にニコニコしておるしの。泣き言をいうこともあるが、皿を壁に投げたりはせぬよ。
そんなことはマイ・ボスが絶対に許さぬ。けれど、皿は受け止めてはくれぬが、泣き言を受け止めてくれる人ではあるよ。ああ見えて優しいからの、マイ・ボスは。
「成功する人とは、他人に投げつけられたレンガで、成功するための強固な土台を作ってしまうような人間だ。どうだい、美月嬢にはそういう資質があるとは思わぬかね?」
浮世の成功に、どれほどの価値があるものかは計りかねるが。
「……おそらく。そうであろうな」
否。そうであって欲しいな。
青い目はしておらぬが、ミズキンがちゃんとやっていることは吾輩がよく知っているよ。
嘘偽りなく、吾輩も、自分の才能で何かを成し遂げる人を尊敬しておる。
たとえ目が黒くあってものう。
……にゃー。
吾輩の深遠なる問いに、珍しくラムセス師は意表を突かれた顔をしておったな。
「うむ、ハルボーイ。おぬしが思うておる以上に執筆というのはとにかく孤独な作業でな。例えるなら、そうさなあ……」
かつてハリウッドなる刻印がなされた連山の麓で、ミズキンと同じ脚本家なる種族と暮らしていたというラムセス師は、いつになく厳かな口調でそう言った。
「独房入りを自ら志願するようなものであるな。しかも、いつ刑期が終わるかは誰にも分からぬ」
なるほど。では吾輩の城の二階にあるあの書斎なる本棚と長机しかない隔離部屋は、さしずめミシマ氏とミズキンにとっての独房であるのだろうな。
「当時、一緒に暮らしておった男はハリウッドお抱えの脚本家であってな」
「……ハリウッド?」
「ハリウッドでは、良く書けた脚本は宝物のように扱われる」
初めて師の説明を聞いたときは、ハリウッドなる彼の地は、まさに脚本家にとっての理想郷に思われたものである。だが、話を聞くうちに、その想像は大いなる間違いであることに気付いた。宝物のように扱われる脚本は万に一つもなく、多くはペンとインクを原料に製造された一山いくらのゴミ屑であるという。
脚本は映画産業の生存に不可欠であるのに、脚本家は軽んじられるという不条理。
ゴミ屑判定された脚本は即座に捨てられ、運よく生き残った脚本とて勝手に改変され、脚本家は知らぬうちに解雇される。スタジオ専属の弁護士団が、脚本家に報酬が支払われないように策を講じる世界。
それがハリウッドというシステムの全容であるらしい。
「ハリウッドは上辺と本音と建前の世界であるから、繊細なアーティスト・タイプの脚本家は総じて幻滅するようにできていてなあ」
ハリウッドは“金”を儲けるために存在している。
この業界は利益創出を最大の目的とした巨大企業の集合体で、その主力商品である映画を製作し、配給し、劇場・その他の場所・形態で上映するために巨額の資本を投資する。
端的に言えば、これは“商売”であって、“芸術”ではない。
――というのがラムセス師の見解である。
「企画開発の重役は総じて高給取りであるが、その天井知らずの月給を正当化するために、直さなくてもよい脚本を“改良”しなくてはならないと真面目に信じておる」
なんと無茶苦茶な話であろうか。
「壊れていなければ、修理するな。世間にはそういう格言があるが、ハリウッドの上役には通じんね。“壊れていなければ、壊して直せ!”がモットーであるからな」
脚本が採用されて始まる企画の開発期間が“開発地獄”と呼ばれる由縁であるらしい。
「脚本家はティッシュみたいに使われて、丸めて捨てられる世界なのさ」
ラムセス師が生活を共にした男の名はハリー。
ハリウッド・ウォーク・オブ・フェ―ムにある“脚本家の星”に、映画カメラのシンボルと共にその名が刻まれているそうだ。
「ハリーが最期に言うておったよ」
ラムセス師はどこか遠い目をした。
「我々猫族は、子猫時代はみな青い虹彩をしているだろう? Kitten blueというらしいな」
イエロー、ゴールド、オレンジ、グリーン、アクア、ブルー。
吾輩たち猫族の目は宝石のように様々な色を宿すが、子猫時代はみんな青い虹彩である。
「才能があるかどうかというのは、青い目をもっているかどうかというのと同じ。目が青いというだけでその人を尊敬するわけではない。私は、自分の才能で何かを成し遂げる人を尊敬するよ」
ハリウッドで脚本家として生きたハリーは、ラムセス師にそんな言葉を伝えたそうだ。
師の目は、濁り一つない青白い光を放っていた。
「物書きは、書くこと以外には何をやっても決して満足できない生き物だ。書くのが好きだから書いているのだ。書かずにはいられないから書いているのだ」
ラムセス師はハリーと過ごした日々を思い出しているのだろうか。
きっとそうであろうの。そうであって欲しいの。
「自分が物書きかどうかは、物書きなら自分で知っているものだ。……そうだろう?」
確かに、その通りであろうと思う。
ミズキンもミシマ氏も、間違いなく物書きに類する人間であろう。
「キツいと思ったら、君がちゃんとやっている証拠だよ」
ラムセス師は賢人の如き口調で、低く呟いた。
「肩の力を抜いて。書いて、遊んで。書いて、食べて。書いて、笑おう。書いて、愛して。書いて、寝て。それを毎日繰り返すんだ。ハリーもそうやって生きていたよ」
そういえば、吾輩にも青い目の時代があったのお。
今では光り輝く金色の目であるが。
「美月嬢にそう伝えておいてくれ。なあ、ハルボーイ」
しかと承り申した。吾輩、人語を操れるようになりし日が来たれば、一言一句誤またずして、師の言葉をミズキンに伝えたるべく候。
「脚本の出来を酷評され、勝手に内容を改変された挙句、脚本家のポジションから降ろされたりしたとしても……」
ラムセス師が遠い目をして言葉を継いだ。
「自分を解雇した重役やプロデューサーのポルシェのタイヤを引き裂いたり、マリブの別荘に火を点けたりはせぬ方がよいな。狭い世界であるからな」
ミズキンはよもやそんなことはせぬと思うが。師の相棒であるハリーはそのような行動を選択したのであろうか。だとしたら、少々エキセントリックな脚本家であるな。
「そんな時こそニコニコ笑って受け流すのだ。喧嘩別れはなるべくしない方が良い」
傾聴に値するアドバイスであるな。これもまたミズキンに伝えようぞ。
「プロの脚本家がプロになる過程で身につけるに至った習慣のひとつ。それは、気分を害さずに批評を喜んで受ける、ということに尽きる。あくまで笑顔を装ってプロとして振る舞うんだ。そして、家に帰ってから泣くなり、皿を壁に投げつけるなりすればいい」
まさしく、ミズキンもそのように振る舞っておるよ。ミシマ氏と違って、基本的にニコニコしておるしの。泣き言をいうこともあるが、皿を壁に投げたりはせぬよ。
そんなことはマイ・ボスが絶対に許さぬ。けれど、皿は受け止めてはくれぬが、泣き言を受け止めてくれる人ではあるよ。ああ見えて優しいからの、マイ・ボスは。
「成功する人とは、他人に投げつけられたレンガで、成功するための強固な土台を作ってしまうような人間だ。どうだい、美月嬢にはそういう資質があるとは思わぬかね?」
浮世の成功に、どれほどの価値があるものかは計りかねるが。
「……おそらく。そうであろうな」
否。そうであって欲しいな。
青い目はしておらぬが、ミズキンがちゃんとやっていることは吾輩がよく知っているよ。
嘘偽りなく、吾輩も、自分の才能で何かを成し遂げる人を尊敬しておる。
たとえ目が黒くあってものう。
……にゃー。

