霧島ニャーとマイ・ボスは鉄製の門扉をくぐり、吾輩の城へと帰還した模様。
吾輩の城は従来、鉄骨四階建ての無骨な造りであったそうだが、現在は一階部に縁側付きのサンルームなるものが違法建築的に増築され、吾輩の絶好の日向ぼっこの場と化しておる次第。
時折ラムセス師もこのサンルームに訪れ、縁側に寝そべりながら文学談義を交わすのである。
世の中のありさまも知りはべらず、夜昼、御前にさぶらひて、わづかになむはかなき書なども習ひはべりし。ただ、かしこき御手より伝へはべりしだに、何ごとも広き心を知らぬほどは、文の才をまねぶにも、琴笛の調べにも、音耐へず、及ばぬところの多くなむはべりける。……という具合にの。
無論、意味はとんと分からぬ。
小難しい言葉を羅列してみたいお年頃なのである。にゃあ。
実に衒学的であろう? ペダンティックとも言うようであるの。
大きく伸びをひとつしてから、サンルームの方へと歩くと、どうやら先客がいる様子。
籐椅子に深く腰掛け、大判の古書を片手に読書に勤しんでいる人間が一人。遠目からは判然とせぬが、どうやらあれは漱石全集のうちの一冊であろうか。あれなるは、衒学の極みであろう。知識人ぶりたい輩に相違なき選書たれかし。
斯様な読書傾向を有する家人は、三島シンジを置いて他にはおるまい。
ふと背伸びしたい年頃なのであろう。吾輩も果てなき知の道程に在りて、そなたのような迷い子の如き時代を経ているゆえ、その心もち、分からぬでもあるまい。
身じろぎひとつせずに読み入っておるようで、吾輩が近付くのにも気付かないようである。吾輩に挨拶ひとつせぬとは甚だ心外ではあるが、左程に面白きものであれば、教養のひとつとして嗜まねばなるまいに。
ラムセス師曰く、かつて漱石という名は、文豪なる呼称をもって世間に知らるる存在であったという。
森、谷崎、川端、志賀、太宰。
芥川、三島、そして夏目。
これらの姓を持つものもまた文豪の系譜に列せらるる存在であったという。
ふむ、文豪とな。それはつまり世襲ということであるか?
更に言えば、夏目なる人間は吾輩の祖先たる猫族と、意志の疎通だけではなく、会話もできたと聞く。
さあれば、三島なる文豪と同じ姓を冠するこの男も、吾輩と喋れるのであろうか。
そう期待して話しかけてみたこともあるが、どうやらこの三島には猫族との対話能力が備わっていないらしい。
どうにもこの三島某、マイ・ボスとのつがいであるらしく、それもあってか、人前で吾輩と喋ることを自ら禁じているかのような素振りを見せるのである。うむ、風采は上がらぬ男であるが、なかなかに賢いと見受けた。
聞けば、この三島も小説家なる種族であるという。
所詮は三文文士であろうが、悲観することはあるまい。貴殿も死後は文豪という呼称を持って敬さるる存在であることは疑いなき事実である。なにせ、三島であるからの。
惜しむらくは、夏目でなかったことか。
お主が夏目であれば、間違いなく吾輩と楽しいお喋りができたであろう。
口惜しいのう。
吾輩、存命の小説家で、かつ文豪の系譜に列せられぬ姓でありながら、それでいて文豪の資格ありしは、ダジローを置いて他になかろうと思う。
……浅田次郎。
……朝だ、ジロー。
……ダジロー。
……昼まで起こすな、ジロー。
にゃあ。
吾輩の城は従来、鉄骨四階建ての無骨な造りであったそうだが、現在は一階部に縁側付きのサンルームなるものが違法建築的に増築され、吾輩の絶好の日向ぼっこの場と化しておる次第。
時折ラムセス師もこのサンルームに訪れ、縁側に寝そべりながら文学談義を交わすのである。
世の中のありさまも知りはべらず、夜昼、御前にさぶらひて、わづかになむはかなき書なども習ひはべりし。ただ、かしこき御手より伝へはべりしだに、何ごとも広き心を知らぬほどは、文の才をまねぶにも、琴笛の調べにも、音耐へず、及ばぬところの多くなむはべりける。……という具合にの。
無論、意味はとんと分からぬ。
小難しい言葉を羅列してみたいお年頃なのである。にゃあ。
実に衒学的であろう? ペダンティックとも言うようであるの。
大きく伸びをひとつしてから、サンルームの方へと歩くと、どうやら先客がいる様子。
籐椅子に深く腰掛け、大判の古書を片手に読書に勤しんでいる人間が一人。遠目からは判然とせぬが、どうやらあれは漱石全集のうちの一冊であろうか。あれなるは、衒学の極みであろう。知識人ぶりたい輩に相違なき選書たれかし。
斯様な読書傾向を有する家人は、三島シンジを置いて他にはおるまい。
ふと背伸びしたい年頃なのであろう。吾輩も果てなき知の道程に在りて、そなたのような迷い子の如き時代を経ているゆえ、その心もち、分からぬでもあるまい。
身じろぎひとつせずに読み入っておるようで、吾輩が近付くのにも気付かないようである。吾輩に挨拶ひとつせぬとは甚だ心外ではあるが、左程に面白きものであれば、教養のひとつとして嗜まねばなるまいに。
ラムセス師曰く、かつて漱石という名は、文豪なる呼称をもって世間に知らるる存在であったという。
森、谷崎、川端、志賀、太宰。
芥川、三島、そして夏目。
これらの姓を持つものもまた文豪の系譜に列せらるる存在であったという。
ふむ、文豪とな。それはつまり世襲ということであるか?
更に言えば、夏目なる人間は吾輩の祖先たる猫族と、意志の疎通だけではなく、会話もできたと聞く。
さあれば、三島なる文豪と同じ姓を冠するこの男も、吾輩と喋れるのであろうか。
そう期待して話しかけてみたこともあるが、どうやらこの三島には猫族との対話能力が備わっていないらしい。
どうにもこの三島某、マイ・ボスとのつがいであるらしく、それもあってか、人前で吾輩と喋ることを自ら禁じているかのような素振りを見せるのである。うむ、風采は上がらぬ男であるが、なかなかに賢いと見受けた。
聞けば、この三島も小説家なる種族であるという。
所詮は三文文士であろうが、悲観することはあるまい。貴殿も死後は文豪という呼称を持って敬さるる存在であることは疑いなき事実である。なにせ、三島であるからの。
惜しむらくは、夏目でなかったことか。
お主が夏目であれば、間違いなく吾輩と楽しいお喋りができたであろう。
口惜しいのう。
吾輩、存命の小説家で、かつ文豪の系譜に列せられぬ姓でありながら、それでいて文豪の資格ありしは、ダジローを置いて他になかろうと思う。
……浅田次郎。
……朝だ、ジロー。
……ダジロー。
……昼まで起こすな、ジロー。
にゃあ。

