残念なお知らせ。俺、来週転校するらしい。


 

「残念なお知らせ。
 俺、来週――転校するらしい」

 

◇◇
 
 高校二年の一月、金曜の放課後。教室の窓から、冬の西日が入る。それを眺めながら、俺は隣の席に向かってなんとなく口を開いた。

「残念なお知らせ。来週いっぱいで、俺は転校するらしい」

 俺の隣でペットボトルのジュースを飲んでた朝日陽翔(あさひはると)が、ピタッと動きを止める。茶色い瞳が一瞬だけ丸くなった。
 

 朝日陽翔。
名前の通り、うるさいくらい明るい。笑うと八重歯が見える。
顔はイケメンだし、なんでも器用にこなす万能型。
クラスでも、陽翔が笑えばみんなの空気が変わる。


 そして俺は福山 織(ふくやまおり)
地味で、平凡。人前で目立つの苦手で、発表とかするとちょっと緊張するタイプ。
 そんな俺と陽翔(はると)は、小学校からずっと一緒。家も二軒隣で、夏休みはセミ取り、冬はコタツ陣取り合戦してた仲。
幼馴染ってやつ。
 

 陽翔がやっと口を開いた。

「……えっ?……転校?」
「うん。だから、転校。親の転勤で」

「いや聞こえたけど。……らしい、って何?」
「まだ確定じゃない。母さんが『多分』とか言ってた」

「多分、て。お前んち、曖昧なまま荷造りするタイプ?」
「しないよ。てか、そんな家イヤだわ」

(ツッコミを入れてるくせに、全然笑えない。冗談みたいで、まだ他人事みたい。)
 
 昔から転校する子を見送るのは何度かあったけど、まさか自分がその立場になるとは思ってなかったな。
どんな別れ方をするんだろう――とか、そんなことばかり頭の片隅を回る。

「……どこ行くの?」
「電車で40〜50分くらいかな。そんな遠くない」

「近っ。転校する距離じゃないじゃん」
「俺もそう思う」

「しなくていいじゃん、ここに通えば」
「もう新しい制服届いてるって」
(新しい学校の制服見たけど、ダサいんだよな)
 
 

「なあ」
 
 陽翔が机に片手をついて、少し身を乗り出す。窓からの夕陽が反射して、茶色がかった髪がキラキラ光った。いつもの陽翔の爽やかな匂いがする。
 

「ほんとに行くの?」
 
「さっきから同じ質問してるよ?」
「だって、実感ねーし」
「俺もだよ。でも転校するのは……らしい」

また『らしい』をつけたら、陽翔が眉をひそめた。

2人とも黙ったままで、教室に残ってるのは、俺たちだけ。窓の外から部活の声が遠くから聞こえてくる。

……なに、この空気。重いんだけど。
陽翔が静かってだけで時間が止まった気がしてしまう。

「ま、でもさ」
俺はわざと明るく言った。
 
「電車で1時間弱なら、また遊べるし」
「……そうだな」

(そうだな、って、声低。ていうか目そらした。)
 
「おーい、顔暗いぞー」
ふざけて肩を軽く叩いたら、陽翔が手でそれを軽く押し返した。その仕草が、いつもよりゆっくりで、なんか「離れたくない」って言ってるみたい。
(……なに?そういう無言の圧、弱いんだって。)

「なに?寂しいの?」
「は?」

「寂しいんだろ〜?」
「誰が」

「お前」
「……はぁ? 別に」

言葉と裏腹に、陽翔の耳が赤くなってた。
(おい、バレバレだぞ)


「まあ、残念だな」
陽翔がぽつりと言った。
 

「織、嘘でもいいから『嘘だよ』って言えよ」
「無理言うなよ」

「……なんかさ」

 声が、いつもよりちょっと小さかった。陽翔がふっと笑って、でも目は笑ってない。

「お前いなくなんの、変な感じ」
「お前がうるさいから、もっと静かになっていいじゃん」
「静かなの嫌い」
「俺も」

変な沈黙が流れる。
この感じ。いつも通りのはずなのに、今日は呼吸あわないな。

「まぁさ、陽翔は友達多いし、俺いなくてもすぐ慣れるよ」
「……」
……なんで黙るの? なんか気まずい空気じゃん。
 
 
「俺、寂しさで死ぬかも」
「はいはい、勝手に成仏して」

「……笑ってんじゃねーよ、お前ほんとムカつく」

なんなのその顔。いつものアホみたいな笑顔なのに、ちょっと目が赤いのなに?


 
◇◇

その日の夜。風呂から上がると、スマホの通知が鳴っていた。朝日陽翔からのメッセージ。

陽翔:おい
陽翔:ほんとに転校すんの?
陽翔:おい
陽翔:織
陽翔:既読無視すんな

(いや、早っ……)

織:まだ確定じゃないって
陽翔:じゃあ確定すんな
織:命令すんな
陽翔:命令
織:理由は?
陽翔:俺が困る

(……なにそれ。シンプルに怖いんだけど)

陽翔:ついでに明日空けとけ
織:なんで
陽翔:減るんだろ?一緒に帰れる日
織:……
陽翔:11時に駅前集合。文句あんなら来んな
(命令形しか使えない病気?)

 ……減る、か……。

 (入力中…)
織:お前は俺いなくなっても、
  他のやついっぱいいるじゃん

 ……やっぱ消した。


 スマホを置いて、ベッドに転がる。天井を見上げながら、ぼそっと呟いた。

「……ほんと、変なやつ」

でも、ちょっと口元がゆるむ。なんだか、明日のことを考えたらちょっとだけ胸が温かくなった。

 陽翔と出かけるのも久しぶり、か。

(……まさか、あいつ、ほんとに寂しがってない?)


◇◇

〈残念なお知らせ。〉

「らしい」って言葉で誤魔化してるけど、
多分俺が一番動揺してる。