高校二年の一月、金曜の放課後。
教室の窓から、冬の西日が入る。
それを眺めながら、俺は隣の席に向かってなんとなく口を開いた。

「残念なお知らせ。来週いっぱいで、俺は転校するらしい」

 俺の隣でペットボトルのジュースを飲んでた朝日陽翔(あさひはると)が、ピタッと動きを止める。
茶色い瞳が一瞬だけ丸くなった。
 
 朝日陽翔。
名前の通り、うるさいくらい明るい。
髪は明るい茶色で、笑うと八重歯が見える。
顔はイケメンだし身長は俺より10センチも高くて、
なんでも器用にこなす万能型。
 クラスの人気者で、笑えばみんなの空気が変わる。
俺は昔から陽翔を「太陽」ってあだ名をつけて、こっそり心の中で呼んだりもする。

 そして俺は福山 織(ふくやまおり)
地味で、平凡。
人前で目立つの苦手で、発表とかするとちょっと緊張するタイプ。
 そんな俺と陽翔(はると)は、小学校からずっと一緒。
家も二軒隣で、夏休みはセミ取り競争、冬はコタツ取り合戦してた仲。
“幼馴染”ってやつだ。
 

「……は?……転校?」
「だから、転校。親の転勤で」

「いや聞こえたけど。……“らしい”って何?」
「まだ確定じゃない。母さんが“多分”とか言ってた」

「“多分”て。お前んち、曖昧なまま荷造りするタイプ?」
「しないよ。てか、そんな家イヤだわ」

(ツッコミを入れてるくせに、全然笑えない。冗談みたいで、まだ他人事みたいだ。)
 
 昔から転校する子を見送るのは何度かあったけど、
まさか自分がその立場になるとは思ってなかったな。
どんな別れ方をするんだろう――とか、
そんなことばかり頭の片隅を回る。

「……どこ行くの?」
「電車で40〜50分くらいかな。そんなに遠くない」

「近っ。転校する距離じゃないだろ」
「俺もそう思う」

「しなくていいじゃん、ここに通えば」
「もう新しい制服届いてるって」
(新しい学校の制服見たけど、ダサいんだよな)
 
 
「なあ」
 
 陽翔が机に片手をついて、少し身を乗り出す。
窓からの夕陽の反射で、茶色がかった髪がキラキラ光った。
いつもの陽翔の爽やかな匂いがする。
その距離が、なんか近い。

「ほんとに行くの?」
 
「さっきから同じ質問してるぞ」
「だって、実感ねーし」
「俺もだよ。でも転校するのは……らしい」

また“らしい”をつけたら、陽翔が眉をひそめた。

2人とも黙ったまま。
教室に残ってるのは、俺たちだけ。
窓の外でグラウンドの声が遠く聞こえてくる。

(……なんだ、この空気。重い。陽翔が静かってだけで時間が止まった気がしてしまう。)

「ま、でもさ」
俺はわざと明るく言った。
 
「電車で1時間弱なら、また遊べるし」
「……そうだな」

(“そうだな”って、声低。ていうか目そらした。)
 
「ほら、顔暗いぞ」
 ふざけて肩を軽く小突いたら、
陽翔が手でそれを軽く押し返した。
その仕草が、いつもよりゆっくりで、
なんか“離れたくない”って言ってるみたいだ。
(……やめろ、そういう無言の圧、弱いんだって。)

「なに?寂しいの?」
「は?」

「寂しいんだろ〜?」
「誰が」

「お前」
「……は? 別に」
言葉と裏腹に、陽翔の耳がほんのり赤くなっていた。
(おい、バレバレだぞ)

「まあ、残念だな」
陽翔がぽつりと言った。

「織、嘘でもいいから“嘘だよ”って言えよ」
「無理言うな」
「……なんかさ」

 声が、いつもよりちょっと小さかった。
陽翔がふっと笑って、でも目は笑ってなかった。

「お前いなくなんの、変な感じ」
「お前がうるさいから、もっと静かになっていいじゃん」
「静かなの嫌い」
「俺も」

一瞬、沈黙。
窓の外で、風がカーテンを揺らした。

(この距離感。
 いつも通りのはずなのに、今日は呼吸あわないな。)
 
「俺、寂しさで死ぬかも」
「はいはい、勝手に成仏して」
「……笑ってんじゃねーよ、お前ほんとムカつく」

(なんだよその顔。いつものアホみたいな笑顔なのに、ちょっと目が濡れてるじゃん。)



その日の夜。
風呂から上がると、スマホの通知が鳴っていた。
朝日陽翔からのメッセージ。

陽翔:おい
陽翔:ほんとに転校すんの?
陽翔:おい
陽翔:織
陽翔:既読無視すんな

(いや、早っ……)

織:まだ確定じゃないって
陽翔:じゃあ確定すんな
織:命令すんな
陽翔:命令
織:理由は?
陽翔:俺が困る

(……なにそれ。シンプルに怖いんだけど)

陽翔:ついでに明日空けとけ
織:なんで
陽翔:減るんだろ、一緒に帰れる日
織:……
陽翔:昼、駅前集合。文句あんなら来んな

(命令形しか使えない病気か?)

スマホを置いて、ベッドに転がる。
天井を見上げながら、ぼそっと呟いた。

「……ほんと、変なやつ」

でも、口元がゆるむ。
なんだか、明日のことを考えたら少しだけ胸が温かくなった。

 陽翔と出かけるのも久しぶりか。

(……まさか、あいつ、ほんとに寂しがってる?)



残念なお知らせ。
「らしい」って言葉で誤魔化してるけど、
多分俺が一番動揺してる。